2012年5月23日 (水)

イラン映画『別離』鑑賞記 元町映画館

アカデミー賞外国語映画賞受賞作。少し前から気になっていたのだが、神戸で上映中であることを知り、さっそく出向いてきた。
(2012年5月23日)

イスラーム法廷での審理から物語は始まる。
大学に勤めるインテリ女性が外国移住許可証を取得するも、銀行員の夫にとってアルツハイマー症の老いた父親を一人にできるわけがない。14年連れ添った夫婦の破局への道のり。
どちらも、娘の親権を放棄できるわけがない。
妻は出て行く。介護に雇われた子持ち女性の家族が、もうひとつの軸となる。別の家族の生活に入り込むことの、特に宗教道徳の尊ばれる世界での厳しさよ。

たとえ家族であっても異性の肌を見ることは許されない。コーランに"誓うこと"の重々しさとあいまって、生活に密着したシーア派イスラームの文化に、"失われた東洋の道徳"が垣間見えたような気がした。

子はかすがい、か。両親の離婚を防ぐため努力を惜しまない11歳の娘の姿が痛々しい。
父親を護るためについた嘘。その涙が、彼女を大人に近づけたと信じたい。

登場人物はみな善人なのだ。暴力に満ちた男も、実は大切な人を善人なのだ。

・2011年イラン作品、カラー123分
・監督:アスガー・ファルハディ
・出演:レイラ・ハタミ、ペイマン・モアディ、シャハブ・ホセイニ、他

元町映画館
http://www.motoei.com/

映画『別離』公式サイト
http://www.betsuri.com/

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2012年5月22日 (火)

すき・やき 楊逸 [読書記]

中国人留学生ココちゃん、梅虹智は21歳の大学生。かつて姉が働いていた高級すき焼き店で仲居のアルバイトを始め、赤裸々な日本の人間模様を観察することになる。
「主人がいつもお世話になっております」と言われ、慌てて両手を畳につき低頭するココが初々しい。

日本人の夫を持つ姉の悩みと"明かされた秘密"、人の良い老夫婦の末路、着飾った若い"水商売"の女性=水道局職員(笑)の溜め息、ブルーカラー労働者のささやかな贅沢。
そして実らぬ恋。

同じ大学に通う韓国人留学生から言い寄られるも煮え切らないココ。気になるのは弥生人顔のイケメン店長。日中韓の文化の違い。

弥生人顔のイケメン店長から東京ディズニーランドでのデートに誘われ有頂天になるも、直前に彼が妻子ある身と知り、眠れない夜を過ごす。そこへ韓国人留学生からの電話が、必死のアプローチを試みる電話が届き……多感なココの、揺れる青春が実に瑞々しい。

芥川賞を獲得した外国人の著す日本の姿には、なるほど、と思わせてくれるところがある。
ユーモアに富んだ観察眼ともども、楊逸さんの次の作品を楽しみにしたい。

すき・やき
著者:楊逸、新潮社・2012年5月発行
2012年5月22日読了

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2012年5月12日 (土)

オリエント急行の殺人 アガサ・クリスティー[読書記]

口髭の手入れを怠らない小柄なベルギー人にして、灰色の頭脳をもつ男、エルキュール・ポワロの活躍する、同時代にアメリカで発生した誘拐殺人事件への著者の強い怒りが込められた作品だ。
古典ミステリではあるが、1930年代の豪華列車の旅の雰囲気を楽しめた。

フランス人とベルギー人は互いに一体と考える傾向にあり、その目からイギリス人、イタリア人がどのように映っているかが垣間見られる。それでいて、雑多で活気あふれる新興国家、アメリカを、ヨーロッパと対峙させる見方が面白い。
また、東洋と同様、東ヨーロッパに位置するユーゴスラビアを"遅れた野蛮な国"と乗客がみなすなど、この時代の白人のコモン・センスが窺える。

"12の刺し傷"が謎を解く鍵であることには気付いたが、クライマックスでポワロが正体を明かすまで、ハバード婦人の正体には気付かなかった。まだまだ修行不足か。

MURDER ON THE ORIENT EXPRESS
オリエント急行の殺人
著者:Agatha Christie、山本やよい(訳)、早川書房・2011年4月発行
2012年5月10日読了

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2012年4月28日 (土)

大仏破壊 バーミヤン遺跡はなぜ破壊されたのか 高木徹[読書記]

ソ連軍を追い出した後、軍閥間の内戦に明け暮れたアフガニスタン。国際社会の無関心さに加え、暴行と略奪行為に手を染める民兵に絶望感を抱いていた市民は、颯爽と登場したタリバンに喝采を送った。1990年代なかばのことだ。

本書は、2001年9月11日の同時多発テロの半年前にタリバンの手によって実行された"バーミアン大仏遺跡の爆破"を題材に、期待に満ちたタリバンの登場と、彼らがビンラディンとアルカイダに乗っ取られてゆく様相を明らかにする。

・タリバンの指導者オマル師が、当初の現実的で国際交渉のできる人物から、"イスラムの来世"を基準に一国の政策を進めるまで変貌する様子が興味深い。権力を手中にした者が"腐る"というよりは、教養無き者が組織の最高指導者に就くことの悲劇の一例といえよう。

・タリバンの"開明派"が次第に中枢から遠ざけられ、イスラム原理主義者の中の"強硬派"が権力を掌握するが、次第に政治・軍事・文化のあらゆる面でアルカイダが支配を強めてゆく。最終的にはオマル師でさえ、なかば拘束されるまでに至る。

・卓越した日本人の活躍する様子が記されるが、あくまでも国連職員としての立場としてである。日本政府の影響力は、この時点では残念ながら、ない。

・中東諸国の名だたるイスラーム指導者たちがアフガニスタンに足を運び、最後の説得を行う中で、タリバンは民主主義を明確に否定する(p275)。国王、首長といった君主とその一族が権力を独占する中東諸国の彼らは「イスラムと民主主義の共存」について沈黙せざるをえなかったわけだが、2011年に民主化要求ドミノ倒しの局面を迎えたことは大いなる皮肉であり、民主主義が現時点で最高の政治形態であることを示すのだろう。

・大仏破壊は、先人の築き上げた貴重な人類遺産を永遠に葬り去った罪深い行為と言える。それを上回る中国共産党による愚行、すなわち文化大革命も、いずれ歴史の審判に委ねられるのだろうが、さて、いつになることやら。

国際社会と相容れることのない"原理主義者"(ムスリム過激派、極右キリスト教徒、中国共産党)といかに向き合うべきか、その示唆に富む一冊だと思う。

大仏破壊 バーミヤン遺跡はなぜ破壊されたのか
著者:高木徹、文藝春秋・2004年12月発行
2012年4月28日読了

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2012年4月25日 (水)

東ヨーロッパ絵画展鑑賞記(大丸神戸店)

ハンガリーの画家、カポイの「収穫の日」がお気に入りだ。初秋、村人総出で農作物を大量に収穫する、幸せあふれる楽しげな作品だ。人物ひとりひとりの表情が良い。……30万円か。う~む。

本展の看板作家はチェコのレタック氏。その代表作「ヴルタヴァ・夜明け」のお値段は、実に294万円。こんなのをポンと買える身分になりたいものだ。

第33回東ヨーロッパ絵画展-伝統と浪漫の香り-
2012年5月1日まで開催

大丸神戸店7階 美術画廊
http://www.daimaru.co.jp/kobe/

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2012年4月24日 (火)

『麗しき女性の美』展鑑賞記(姫路市立美術館)

明治の文明開化の中、先人たちの伝統と挑戦の融合した近代日本美術も気になるところ。
平成の大修理さなかの姫路城を横目に入館した。(2012年4月24日)
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美人画は1907年に始まった文部省美術展覧会(文会)において登場し、1915年には日本画のジャンルとして確立したという。
大正期には、女性の生活と内面の描出が試みられるようになり、内的生命を宿す美人画の傑作が続出したそうな。

お気に入り作品を何点か挙げよう。
■菊池契月「散策」(1934年)
本展のポスターに選定された作品。二匹の黒犬を散歩に連れ出す断髪の少女。萌葱色の背景に梅の花。橙色の着物の鮮やかさが引き立つデザインが気に入った。

■まつ(窓の心の部分が木)本一洋「送り火」(1916年)
盆の夜、故郷で送り火を焚く三人の娘。末娘は、あまり意味のわかっていない表情を見せながらも、姉二人を真似て先祖の霊を還す儀式に取り組む。
背景を巨大な月が照らす中、上がる煙の向こう側が彼岸に繋がるような、ロマンティシズム溢れる作品だ。

■秦テルヲ「母子」(大正末期)
幼子を抱く母親。わが子を力強く護る意志の宿った目と細い眉、締めた口元が印象的だ。
作者は初期に労働者と女性をモチーフとした作品を描き、後に宗教画を手がけたそうだが、なるほど、本作も"耶蘇教の聖母と幼子"を連想させるな。

■勝田哲「朝」(1933年)
本展で一番のお気に入り。
上品なベージュの花柄のツーピースに身を包む、これは若奥様だな。起床して着替えたものの、またベッドに横たわり、お気に入りのレコードを聞く。レコードのコレクションは女性の自慢なのだろう。
品良い家具調度を揃えた洋室の窓は開き、レースのカーテンが朝の風にはためく。この心地好さそうな季節は4月か、5月か。
豊かな戦前都市郊外生活の最後の華。昭和モダンの香りは、やはり良いものだ。

麗しき女性の美
2012年5月27日まで開催

姫路市立美術館
http://www.city.himeji.lg.jp/art/

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2012年4月23日 (月)

TENGU 柴田哲孝(祥伝社文庫)[読書記]

予備知識なしに読み始めた。
群馬県の農村部、"烏天狗"の出没、平家落人伝説、美しき盲目の寡婦。そして、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ。
迷宮入りした忌まわしい事件が、26年の時を経て解明されはじめた。

・人々の慟哭の先には、常にアメリカという巨大な闇が影を落としている(p296)
・人権、人間の尊厳、社会の倫理が崩れ始める音(p347)。
・「そうだ。確かにたいしたことじゃない。人間一人の命の重さなど、国家権力の前には一枚の紙切れにも相当しないのだ。
たいしたことじゃない」(p356)

アメリカの闇、か。ベトナム戦争がらみだから、突然変異か人体実験により生み出されたモンスターなんだろう……。
そんな稚拙な予想など、はるかに超えた感動が、最後に待っていた!

この壮大なスケール感! 久しぶりに読書の喜びを味わえたぞ。

TENGU(てんぐ)
著者:柴田哲孝、祥伝社・2008年3月発行
2012年4月23日読了

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2012年4月20日 (金)

4億の少数派 南アジアのイスラーム 山根聡[読書記]

南アジア地域では多様な社会風俗、文化、宗教が存在するが、ムガール帝国時代、英国統治時代を含めて政治、経済、社会、文化等あらゆる面でイスラームの与えた影響は大きく、タージ・マハルなど主要観光資源にもその面影が見て取れる。

本書は、中東に起源を持ちながら、土着文化=ヒンドゥーと混淆し、独自の歴史的、社会的要素を内包するに至った南アジア・イスラームについて解説する。

・南アジアに住むムスリムは実に4億人を数え、その影響力にもかかわらず、彼らは二つの意味で少数派となることを強いられてきた。イスラーム世界では非アラブ圏であるがゆえに周縁的存在となり、世界最大人口を擁する民主国家インドでは、9億人を超えるヒンドゥーに比して少数派の地位に置かれる。

・イスラームにおける神の存在に関し、唯一の存在でありながら全てのものの内部に存在する"存在一元論"と、太陽のようにすべてを照らす至高の存在であるとする"目撃一性論"とがあるのか。なるほど。

・イギリス東インド会社の影響は、今日まで影を落としている。ヨーロッパ的近代化とイスラームの伝統との間に揺れながら、ムジャーヒディーン運動、ワッハーブ運動、アリーガル運動などが展開される。南アジア人としての自覚とイスラームとしての意識は葛藤を続け、その間隙にイギリスは狡猾に介入し、これがムスリムとヒンドゥーの分裂を招く遠因となる。

・ヒラーファト運動に関して興味深い記述がある(p59)。同運動はムスリムとヒンドゥーの強調による反英運動として歴史的意義を持つが、イスラーム史では、ヨーロッパ植民地主義政策への反発が汎イスラーム主義の流れを生んだことになるという。西欧諸国とイスラーム主義諸国との軋轢の根は深いな。

・2007年にラワルピンディーで選挙運動中に暗殺された元首相Benazir Bhutto ベーナズィール・ブットー女史のために、すでに霊廟が建立され、聖人と同様の扱いを受けているとは知らなかった。

・タリバンなど武装組織の内部における穏健派と強硬派の軋轢がアフガニスタン、パキスタン、インドの不安定化を生む。過去のバーミアン遺跡の大仏破壊、赤いモスク事件、ムンバイテロ、等々。
2012年4月に発生した在カブール各国大使館襲撃事件も、アメリカとの和平を模索する穏健派を強硬派が牽制したこととなり、この流れに連なるものだろうか。

・政治・経済利権と結びついた結果としてムスリムとヒンドゥー間の宗教対立が生じたのであるが、一方で日常においては、宗教、宗派を問わない混じり合った文化が見られるとされる(p111)。
キリスト教世界が宗教改革を経て現在に至るように、伝統的イスラームも現代的解釈と他宗教・文化との混淆により、長期的には変わりゆくに違いない。

アフガニスタン情勢が新局面を迎えつつある現在、タリバン他の残存武装勢力の拠点とされ、米国との紐帯が弛緩しつつあるパキスタンに、次の焦点が移りつつあるように思う。
Kashmir カシミール問題も、再びクローズアップされようとしている。
近年とみに存在を増しつつあるインドと1947年の分離・建国時から対立を続け、複雑な部族地域と強力な軍部の存在に常に左右され、南アジアの"不安定化"に寄与してきたパキスタン・イスラーム共和国に、さらなる関心を持ちたいと思う。

イスラームを知る8
4億の少数派 南アジアのイスラーム
著者:山根聡、山川出版社・2011年7月発行
2012年4月19日読了

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2012年4月18日 (水)

原元鼓 絵画展鑑賞記 (ギャラリーあじさい:神戸市中央区)

原元鼓氏は兵庫県神戸市出身、武蔵野武術大学を卒業した画家だそうで、展示作は若い女性をモデルに神戸を背景とした油彩画が多い。嬉しい限りだ。(2012年4月18日)
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お気に入りを3点挙げよう。
■「音・風・第5突堤」(2009年)
一番のお気に入り。
三宮の浜辺通の南側のどこか、都市高速道路の高架下に金色の野原が拡がる。トランペットを掲げた少女の姿の消え入りそうな、幻想的な構図が良い。

■「神戸大橋・夕景」(2007年)
左右から壁となって迫る赤く錆びた橋梁の鉄骨群と、黒ずくめの若い女性の目ヂカラが印象的。

■「声」(2007年)
夜、都会の中の野原にひとり立つ若い女性。白いシャツが引き立つ。上空に未確認飛行物体、でも違和感はない。

ポストカード等の販売品があれば、なお良かったのだが。

原元 鼓 絵画展 ギャラリーあじさい
2012年4月22日まで開催
http://www1.odn.ne.jp/ajisai/

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2012年4月17日 (火)

マリー・ローランサンとその時代展(神戸市立小磯記念美術館)を観てきたぞ

1920年代のパリに活躍した画家たちの作品展だ。これは行かねば。
曇り空の下、六甲アイランドは小磯記念美術館に出向いてきた。(2012年4月17日)
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■マリー・ローランサン「シュザンヌ・モロー(青い服)」(1940年)
1925年からローランサンの家政婦を勤めた女性がモデル。その表情には、あくまでも日常が宿る。マリーは亡くなる2年前に彼女を養女としたそうだ。信義が信頼を生み、家族愛にまで昇華した好例と思いたい。

■モーリス・ド・ヴラマンク「雪景色」(1937年)
Paysage en Neige
冬の凍える空気感が画面からあふれ出る迫力ある作品。暗い雪中の枯れ木の群れが厳しさを顕している。

■児島虎次郎「和服を着たベルギーの少女」(1909年)
青く大きい目を前方に据えた、長いブラウン色の髪を束ねた落ち着きある若い女性。
壁面には赤い幾何学的な花が描かれ、これも赤色のタイルと相まって、白い和服を引き立てる見事な調和。その和服の白いタッチも力強く、モデルの美しさとともに印象に残る作品だ。
本展中、一番のお気に入りとなった。

その他、Diaghilew ディアギレフ率いるバレエ・リュス(露西亜舞踊団)の、マリー・ローランサンが衣裳デザインを手がけた1924年の舞台「Les Biches 牝鹿」の資料や、1928年夏にParisで初演され、古家新が週間朝日に観劇レポートを寄稿したALICIA MARKOVA アリシア・マルコワ主演作「Le Chatte 牝猫」のプログラムなど、興味深いものが展示されていた。

Marie Laurencin and her Era
Artists attracted to Paris
マリー・ローランサンとその時代展 巴里に魅せられた画家たち
2012年7月8日まで開催

神戸市立小磯記念美術館
http://www.city.kobe.lg.jp/koisomuseum/

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2012年4月14日 (土)

幻燈 大佛次郎

わずか数年でガラリと社会構造の変わってしまうことの、その凄まじさよ。自分と家族を支えるのは身分や既得権益ではなく、本人の"気概"であることを本書は教えてくれる。それは2012年の日本でも同じことだ。

『幻燈』
旗本の長男として生を受け、明治維新後めまぐるしい変化をみせる社会に士族として対峙し、やがて新聞記者見習として新時代の生活に臨む助太郎と、横浜の大工の家で町娘として育ち、助太郎に好意を寄せつつ、成金商家に奉公をはじめる種子(タネコ)の物語。

数年ぶりに東京を訪問した助太郎。横浜から新橋への初めての鉄道旅。江戸城前では、栄華を誇った武家屋敷群が廃墟と化した様を目の当たりにして呆然と立ち尽くすが、それでも銀座へ出向く。異人さんの経営する新聞社へ電撃訪問し、この身を雇ってもらう。
あきらめではなく、新時代への挑戦する若い決意は、実に清々しい。

田舎者(薩摩、長州)が支配する新政府の拙さへの批判、兎飼育ブーム、英語学校と漢文学校の書生のケンカと酒、旧弊にこだわり没落する士族と、流れに逆らわず前向きに生きる士族。当時の世相を映し出し、面白く読めた。
木村荘八さんの挿画が多数掲載されているのも良い。

『幻燈(初出短編)』
仄かな瓦斯燈が灯り、夜店のカンテラが狐火のように点々と滲む"ハマ"の馬車道。その飲み屋を出た路上で、与吉はかつての若主人、藤代繁実に出会う。
藤代は扶持を失った旗本の若君。渡欧している間に幕府が瓦解し、親類も友人も"16代様"に附いて駿府へ渡ってしまったことから、藤代は孤独な身を横浜へ移し、清国人に偽装して外国貿易に従事しはじめた。その留学経験を活かし、流暢な英語で米国人との商取引を進める一方、ホテルの自室で硯を摺り、毛筆の見事な漢文をしたためるところには、旧旗本家の教養の深さが窺える。
旧友の悪事を見過ごすことなく、わざわざ山中に舞台装置=屋敷まで建築し、ある女性の無念を晴らす様子は痛快だ。
ラストシーン。散歩にでも出かけるように「亜米利加へ行って住むのだ」と言ってのける姿に、開国後の新しい潮流に乗ってスマートに生きるコスモポリタンらしさを感じた。

大佛次郎セレクション
幻燈
著者:大佛次郎、未知谷・2009年6月発行
2012年4月14日読了

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2012年4月13日 (金)

宮本輝『泥の河』 日本の文豪映画シリーズ 神戸新聞松方ホール

原作者、宮本輝さんの幼少期をモチーフにしたデビュー作の映像作品だ。風情あるモノクロ写真に魅惑され、上映会に出向いてきた。(2012年4月13日)

1956年の大阪、下流近くの河岸で食堂を営む一家に育った9歳の信雄は、ある日、喜一という同い年の少年と出会う。優しい姉の銀子とも親しくなり、おかしな船に住む彼らと交流を始める。"くるわぶね"って、なんだ?
貧しくも懸命な日常と、隣り合わせの死。冒頭の馬車人夫の轢死は象徴的だ。
過酷な満州戦線とシベリアでの強制労働に耐え抜き、第二次世界大戦から生還した男たち。なのに、日常生活であっけなく命を落とす姿には痛ましいものがある。
自宅に招いた喜一が軍歌を歌うさなか、信雄の父親が遠くを見つめるシーンが印象に残った。

"もはや戦後ではない"と、世間は経済成長の波に乗り飛躍するが、取り残された者には、特に、女手ひとつで子育てをしなければならない寡婦にとっては、時代は過酷すぎる。
銀子、喜一姉弟を支える美人の母親もそうであり、その貧しさには目を背けたくなる。
「米びつに手を入れているときが一番幸せ」これは銀子のセリフ。泣けてくる。

信雄の母親と入浴する銀子は、はじめて笑う。喜一も聞いたことのない笑い声だ。小さな幸せを噛み締めるシーンには、いや、瞬きを忘れてスクリーンに見入ったなぁ。

天神祭の帰り道、信雄は喜一に誘われ、彼の家="夜の船"に乗り込む。おばさんの"声"が聞こえる。信雄は、部屋の窓から漏れる灯りに誘導され。興味本位で覗いてしまった……。
行為。"郭舟"の意味を一瞬で理解した信雄。姉弟との友情は、遠ざかってしまう。
去りゆく信雄を振り返る銀子の姿が、あまりにも哀しかった。

・1981年日本作品、モノクロ105分
・監督:小栗康平
・出演:田村高廣、藤田弓子、加賀まりこ、蟹江敬三、芦屋雁之助、他

神戸新聞松方ホール
http://www.kobe-np.co.jp/matsukata/

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2012年4月 5日 (木)

わたしは英国王に給仕した ボフミル・フラバル

"これからする話を聞いてほしいんだ。"
ホテル"黄金の都プラハ"の給仕見習いとして社会人生活を開始した14歳の少年、ジーチェの立身出世物語。
前半では"熱々のソーセージ"、"ジッパー"、重なって倒れる2台の自転車、セールスマン"ゴムの王様"の持ち込んだ○○人形、<検査室>でくんずほぐれつする老齢の仲買人、等々の下ネタ、面白エピソードが満載だ。

貴族や僧侶、現役大統領の密会に使用される閑散とした"ホテル・チホタ"では、労働の価値を大衆に説く有閑階級の欺瞞と、その金銭感覚を目の当たりにする。少年はカソリック教会のある歴史的取引に立ち会う名誉を得るも、ホテルオーナーの金銭欲の犠牲となり、ここも去ることになるのだが。

プラハの"ホテル・パリ"では理想的な上司=給仕長に出会い、職務に必要な"勘"を日々鋭利にさせる。
300名が列席したエチオピア皇帝歓迎式典では、ホテル前でラクダを殺して丸焼きにし、その腹の中に動物園で調達した二頭の羚羊(レイヨウ)と20羽の七面鳥を詰めた豪快な料理が供せられる。ホテル所有の黄金のナイフとフォークが並べられる中、偶然の所産により、少年が皇帝の給仕に指名される。
報償と勲章は名誉とともに嫉妬をも生む。それも好転し、名誉を回復するまでは良かったのだが……。

中盤より政治的背景が色濃く顕れる。オーストリア・ハンガリー帝国の支配から脱したチェコスロバキアだが、1930年代後半にはドイツによる浸透を受け、民族意識の高揚はドイツ系住民に攻撃の矛先を向ける。女性にも容赦ない嘲笑と暴力が加えられる中、ドイツ娘と親しくなった少年は、敵に通じた売国奴と呼ばれ、ホテル・パリを解雇される。

新しい職場は、ドイツ国境に新設されたナチス肝いりの宿泊施設だ。"新しいヨーロッパを担う高貴なアーリア人を誕生させる"施設での、すべてが科学的に進められる様は異様だが、これも血脈が異常に重視された世相の為せる技か。
プラハで反抗的チェコ人の処刑が行われている間に、主人公とドイツ娘の結婚式が執り行われる。鈎十字の赤い旗が翻り、軍人と親衛隊の見守る中で、"ドイツのための新しい絆"が総統の胸像の前で誓われた。愛によらず、義務と純血と名誉に満たされた新婦の瞳は、ベッドの新郎を失望させるに十分だ。

第二次世界大戦の終焉は、チェコからドイツ人を一掃した。殺戮されたユダヤ人の遺産を悪用し、念願のホテル所有者として富裕層に成り上がる主人公。だが1948年の共産化の波は、強制収容所へと彼を運ぶことになる。

後半は無産階級=労働者となった主人公が、道路工事夫として満ち足りた人生を送る様子を描く。
中盤までのドラマティックな展開から一転し、静かな山村での魂の充足が語られる。
追想することと考えること、わたしの人生の証言。(p223)

出来事を一気に述べ立てる文体と、さりげなく散りばめられたエトス。日々の出来事に生と死を見つめる目は、オーストリア、ドイツ、ソビエトといった大国に翻弄されてきた国民に特有の冷徹な精神によるものだろう。懸命な、それでもユーモアを失わずにいる彼らの平常心は、安穏な日々に浸るわれらの精神を叩き起こすのに十分であるといえよう。

OBSLUHOVAL JSEM ANGLICKEHO KRALE
わたしは英国王に給仕した
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅲ-01所収
著者:Bohumil Hrabal、阿部賢一(訳)、河出書房新社・2010年10月発行
2012年4月5日読了

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2012年3月31日 (土)

築地ファントムホテル 翔田寛

明治5年に銀座を焼き尽くした大火は、西洋人呼ぶところのエド・ホテル、すなわち、日本初の西洋式高級ホテルである東京築地ホテルをも灰燼に帰した。だが、数多の焼死体の中に発見された一人のイギリス人の腹部には刀傷が確認され、焼け出された別のイギリス人の証言により、"鎧兜で武装し、太刀を身構えた日本人の侍"の存在が浮かび上がる。"異人さん"専用ホテルにSAMURAIが姿を隠して侵入できたのはなぜか。あるいは、西洋文明の尺度で図ることのできない、東洋の神秘なのか。
インド大反乱、アヘン戦争、アロー号事件など、近代アジアと大英帝国の修羅場をくぐり抜けてきたイギリス人写真家、ベアトは、現場で遭遇した新政府の警視に極秘捜査の取引を持ちかけられる……。

江戸川乱歩賞作家の最新ミステリーを一気読みだ。
アメリカ人、イギリス人、ドイツ人がわがもの顔で闊歩し、清国人が地を這うように苦役に従事する横浜外国人居留地と、数年前まで徳川幕府の本拠地であり、いまや新政権が近代化に邁進する東京で垣間見られる活気と沈鬱。それは、新時代の日本の姿の縮図でもあるが、その下層にみて取れる薩摩・長州勢力と佐賀勢力によるせめぎ合いが、ひとつの姉弟を悲劇に巻き込むことになる。

家禄を失った旗本御家人の悲惨な行く末は、プライドを失わずに生きることの難しさを余すことなく顕現する。それでも"誰の力も借りずに、一人で歩んでゆく"であろう東次郎の人生に、希望の灯ることを望みたい。

築地ファントムホテル
著者:翔田寛、講談社・2012年2月発行
2012年3月31日読了

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2012年3月28日 (水)

漱石の漢詩を読む 古井由吉

近代日本文学の秀でた独立峰とされる夏目漱石の漢詩を、作家の古井由吉氏が解説する。
原文だとさっぱりだが、日本語に読み下され、さらに丁寧な解説が付くおかげで、漱石の心情まで理解できた気になった。文学の面白さがここにある。

修善寺での病気療養時代と最晩年の『明暗』執筆時の詩作が中心だが、病床でここまで詠める漱石の教養深さには、驚嘆させられる。

・1910年9月、吐血した1ヶ月後に漱石が読んだ漢詩の一節だ。
『首を九原より回らせば 月 天に在り』(p20)
彼岸参りの夕刻遅く、墓地で周りを見回せば、ふと、天空の月の輝きに気付く。自分の生死に関わりなく、太古からの刻の流れは不変、と意訳した。

・仰向けに寝続け、空しく過ぎ去ってゆく日々に焦燥と安逸を感じる詩は、僕も同じような経験があるのでわかる(ような気がする)。能動的でない自分がそこにいる、そんな感覚。(p23)

・我天を失いし時 併せて愚を失う……の詩は気に入った。(p143)
得ることは失うことと同じであり、すべて"空"になってはじめて得たことになる、か。うん、難しいな。
『空に砕くるは燦爛たる夜光の珠』
心の内の宝が、砕け散りながら、燦爛たる音を立てる。末期を予感する漱石の、まっさらな心情に浮かんだ言葉だろうと思う。

・易経や八卦は、実は見事な自然哲学であり、その実践編。東洋の知恵は無視できない。(p125)

・秦の始皇帝の時代から延々と受け継がれた精神も、東洋文化の魅力の一つだ。
『焚書の灰裏 書は活くるを知り
 無法界中 法は蘇るを解す』(p108)
あるものがそのままにあるのなら、真にそのものになれない、か。考えさせられる逆説だな。

・文とはすなわち、綾、模様、飾りのことであり、秩序ある形を表す。文をもって化する、文をもって民を治める、これすなわち"文化"であり、文治政治か。なるほどな。(p59)

・日本語には和文脈と漢文脈とがあり、後者抜きでは日本語は成り立たないのだが、次第に日本人は漢文脈に疎くなっている。これは日本語にとっての危機だと著者は示す。(p150) 正直、ピンとこないが。
漱石や鴎外が英語、ドイツ語を自在に駆使した背景には、漢文の素養があったことを挙げ、日本人にとって、実は漢文脈こそインターナショナルである、との記述はなんとなくわかる気がする。

「漢文的な知識が、日本人の言語の論理をつなぐ、一つの大事な糸だった」(p161)
漢詩、漢文を知ることは、逆説的に「長い呼吸の文章を話す」(p164)日本語の成り立ちと奥深さの理解を助けるし、世界を深く見ることに繋がるんだな。

漱石の漢詩を読む
著者:古井由吉、岩波書店・2008年12月発行
2012年3月27日読了

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2012年3月24日 (土)

見知らぬ町 板東眞砂子

不思議な読後感を味わわせてくれる短編集。
『幸せな日々』
幸せを実感している専業主婦。永遠の今日に縛り付けられた幸せ。この世界から、日常から逃れたい心理の発露。
束縛の中で生きる人生こそ、真の自由と言えるのではないのか。

『銀世界へ』
近未来の日本社会を予想させる、胸の詰まるような日常。快適なオフィス勤務も、結婚生活も、すべて特権層のもの。あとは餓死か、肉体労働か、犯罪者になるか。
配給物資を背負って歩くボランティア女性。否、ボランティアとは便利屋稼業の別称と成り果てた。それでも、わずかな年金を持ち合って貧しさに耐える老人社会に"貢献"しているのだ。

『煩せえ』
どこかから聞こえてくる低音として表現された、若者独特の情緒の不安定さ。わかる気がする。

他に『天地創造』『足跡、買います。』『旅人たち』『転生』『日没』『ジャングル・ホーム』を収録。

見知らぬ町 岩波書店Coffee Books
著者:板東眞砂子、装画:磯良一、岩波書店・2008年11月発行
2012年3月24日読了

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2012年3月22日 (木)

沖で待つ 絲山秋子

中編2作品を収録。
『勤労感謝の日』
父親の通夜で母親にチョッカイをかけた上司をビール瓶で殴り飛ばし、退職を強要された元大手電機メーカー女性総合職36歳の見合い騒動。面白エピソード満載。
確かにこんな見合い相手が来たら、途中で放り出したくなるだろうな。
それにしても自虐的。"繭から孵化した蛾"に例えるなんて、世のアラフォー女性が黙っちゃいないだろうに。

『沖で待つ』
住宅設備機器メーカに入社後、福岡に配属された異性の同期社員"太っちゃん"と主人公。
バブルの御時世、忙しさに耐えながら職場に慣れた二人にも、やがて転勤命令が下る。別離を惜しみつつも軽口をたたき合う二人は、30代半ばに東京で再会し、ある秘密の約束を交わす。
……約束を実行に移す日が来ようとは。

第134回芥川賞受賞作。"同期入社愛"なる新鮮な切り口が話題になったと記憶している。
「それなら何も言い足すことはありませんでした。私たちの中には、あの日の福岡の同じ景色が……」(p107)に本作の主題が凝縮されている。

僕としては、うひゃひゃひゃ、と笑う副島先輩が「腕をきつく組んで、全身に力を込めて涙をこらえ」る姿がベストシーンだ(p92)。グッときた。

沖で待つ
著者:絲山秋子、文藝春秋・2006年2月発行
2012年3月22日読了

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2012年3月21日 (水)

モンマルトルの丘の画家たち 神戸北野美術館

パリ・モンマルトルの表記に誘われて、異人館で有名な北野の一角、具体的には"ラインの館"の隣にある神戸北野美術館に出向いてきた。平日の午後にも関わらず、観光客の姿は途切れることがない。地元民としては心強いな。(2012年3月21日)
Dscn1961

・"carnet"との記載がある洒落たチケットは、ParisのMETRO、BUS、TRUM共通回数券と同じモノのようだ。入館料500円は高いと思うが。

・1898年築の旧アメリカ領事館官舎を利用し、展示室は4室。その他、回廊にダリの複製絵画やモンマルトルル風景パネル等を展示。

・日本人を含む、モンマルトルに関係深い(であろう)画家の絵画が展示販売されている。モノにもよるが、お値段10万円前後より。有名ポスターの複製も15万円前後から。

・ムーラン・ルージュつながりなのだろう、ロートレックの有名なリソグラフやデッサン画が数多く展示されていた。

・江戸時代まで田畑に囲まれていた北野村。明治になって居留外国人に土地が貸し出され、眺望の良さも手伝って、しだいに異国文化溢れる街並みが形成されていったことが、展示資料を通じて理解することができる。
モンマルトルもパリ郊外の農地だったし(風車はその名残)、この点でも両者は共通していたんだな。

お土産にポストカード2枚を購入。
Dscn1962

Painters of Montmartre
神戸北野異人館街・パリモンマルトル地区友好交流展
神戸北野美術館
http://www.kitano-museum.com/

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2012年3月20日 (火)

朝4時起きの仕事術 中島孝志

早朝活用のノウハウだけでなく、仕事を成し遂げるための鉄則が整理されている。
もっと早い時期に読めば良かった。

人を生かすコミュニケーションのコツ、か。
僕自身を省みると、社内報連相の観点で「徹底して聞くこと」に不足があったように思う。さっそく改善しよう。

[メモ]
■プライオリティチェックのコツ
■仕事のフレームワークの把握
■「いざ」という時と「具体的な理由」=動機付けが"やる気"を起こす

・朝いちばんから「仕事モード」
・「やる気モード」「仕事モード」のピークは朝7時
・エネルギーチャージ=睡眠
・体内時計、すなわち体感時計

・チームワークのできるスペシャリスト
・朝一ミーティングのポイント
・"やる気の波動"は伝播する
・ジョブ(作業)を削ってワーク(仕事)に従事

・メモの習慣
・刺激のシャワー=勉強、情報、人
・社内人脈
・ウォーキングによる脳の活性化

朝4時起きの仕事術 誰も知らない「朝いちばん」活用法
著者:中島孝志、マガジンハウス・2009年8月発行
2012年3月20日読了

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2012年3月19日 (月)

牧野義雄のロンドン 恒松郁生

夏目漱石と同時代、単身でアメリカ、パリ、ロンドンに渡り、苦節十年の末、独特の水彩画がブレークし、"霧のマキノ"としてイギリス美術界、社交界に名を馳せた人物がいた。
霧の画家、牧野義雄。
本書は牧野の代表作品を紹介するとともに、彼のロンドンでの活動、在英日本人との交誼、家族関係を解説する。著者はSoseki Museum In London ロンドン漱石記念館(いつか行きたい)の創設者。

気に入った作品を何点か。
・『ピカデリー・サーカスの夜景』(p20):夏の夜だろうか、まだ薄明るい中に立ちこめた霧が電灯に照らし出され、エロス像と馬車が広場を行き交う人々を引き立てる。一番のお気に入り。
・『ハイドパーク・コーナー』(p52):霧に灯が浮かび上がるハイドパークの夜の闇。それでも馬車と人の群れは絶えることがない。ヴィクトリア時代からエドワード時代にかけての大英帝国の活況が画面から溢れ出てきそうだ。
・『月夜のヴィクトリア・タワー』(p67):雲に月光が反射し、薄明るい夜に国会議事堂の黒いシルエットが浮かび上がる。灯りの下に佇む(たぶん)若い女性は、ウエストミンスター・ブリッジの向こう側から来るはずの良人を待っているのだろうか。ムード溢れる一作だ。
・『ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館』(p80):霧の満ちたサウス・ケンジントンの一角で、宵の中に歩む貴婦人達は、鑑賞したばかりの質の高い芸術をたたえ合っているのだろうか。後期印象派の影響が感じられる一作だ。

牧野はコナン・ドイル氏の肖像画も描いていた(p95)。彼はシャーロック・ホームズ物語の出版先がなかなか見つからなかった苦労を語ったそうで、まだ無名の牧野には幾ばくかの慰めになったことだと思う。

悲しいかな、再度訪英した際には"過去の人"として、メディアに相手にされなかったらしい。その後、個展を開催するもパッとしない。第二次世界大戦後に帰国し、最晩年は鎌倉の安アパートで餓死同様の最期を遂げたそうな。
芸術家は孤高の人生を歩み、臨終の際も孤独に堪え忍ばねばならない。作家ワイルドしかり、画家ゴーギャンしかり。華やかな最盛期を送った印象派画家の大家、たとえばルノワールにしても、本質は同じだったのではないだろうか。

Yoshio Markino's London
牧野義雄のロンドン
著者:恒松郁生、雄山閣・2008年2月発行
2012年3月19日読了

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2012年3月18日 (日)

この国を出よ 大前研一、柳井正

明るい未来は見えず、閉塞感でいっぱいの日本。いっそのこと、一度財政破綻し、IMF管理の下でやり直せばいい。そんな思いも生じがちな惨憺たる現状に対し、それでも解決策を探る二人の対談には、矜持を正す思いを抱いた。

そうだ、他人任せではいけない。社会を良くすることへの志と、貪欲さを失ってはならない。
・自分が主役となり、やりたいことを力一杯やらなければ、人生の幕を閉じるときに後悔することになる。(p15)
・理念なき"金儲け"ではなく「稼ぐ」ことに企業の存在意義がある。人の役に立つモノやサービスを提供し、その代金を受け取り、そして納税するという「社会貢献」を行うこと。これが「稼ぐ」ことの意味だ。(p72)
・知識労働者とは何か。組織の中で成果を上げ、社会的な成功を掴める者のことだ。志を高く持ち、常に勉強や創意工夫に勤めること、自分自身で課題を発見し、その解決に向けて行動することが求められる。(p121)
・知識の価値の相対的低下に対し「深い洞察から答えを導き出すスキル」の価値は、間違いなく上昇している。「稼ぐ力」「世界で生きていける力」の研磨を怠ってはならない。(p114)
まさに僕自身の実存意義を問われた感がある。気を引き締めて仕事に取り組もう。

一方で、"事態"への備えも怠ってはならないことが示される。
・国際競争力が衰退し、経済敗戦を迎えた日本。イギリス病ならぬ"日本病"の症状は重く、将来の生活水準の著しい低下は避けられない。誰もが考えたくない悲しい未来が見えてくるが、正視しなければならない。(p38)
・日本がデフォルトする可能性の現実味。ハイパーインフレと預金封鎖。間違っても政府をあてにしたり、頼りにしてはいけない。(p41)

レベルの高い、長期にわたる国家的ヴィジョンを含めた議論を展開するイギリス議会の例が紹介される(p76)。
・2010年より連立政権を主導するキャメロン首相とクレッグ副首相は、政権発足時、実に43歳か!
・優れた決断力とリーダーシップ、そしてブレない演説と政策実行力は、イギリスの教育の伝統によるもの。
翻ってハチャメチャな日本の政権を思うと、その絶望的な乖離からは悲しみすら覚える。

心強いことに、ブロークン・イングリッシュについての言及もある。相手に何を伝えるか、どんな結果を出したいのか。流暢に話せなくとも、リーダーシップを取り、結果を出すことが重要。(p158)
・サムスン電子の入社条件のひとつが、TOEIC 900点以上か……。
・僕自身の英語力は悲しいレベルだ。インドでは、流暢に会話するアメリカ人旅行客とホテルスタッフの姿を横目に"英単語を並べてゆっくりと話す"コミュニケーションを図った。ロンドンのホテルでも、マネージャーにクレームをつけている最中に「ゆっくりと話してくれ」と情けないリクエストを出したこともある。
・最近ではGlob-ish グロービッシュが流行だ。要は大航海時代以来のpidgin English 簡易ビジネス英語がデジタル時代に適応したものだな。このレベルを自在に操ることのできるようにし、複雑な英文法を習得する代わりに専門分野の能力アップに時間をかけることにしよう。

今後、否、現在を生きてゆく上でのヒントも示される。
・リーダーシップを取る傾向のある人は、人生で必ずそれを反復する。「英語力」「IT」「ファイナンス」に関する力を備えた上での「リーダーシップ」が求められる。(p188)
・自分で稼ぐ力がなければ"野垂れ死に"という環境が今の日本には必要(p189)

この本、机上に置いておこう。

この国を出よ
著者:大前研一、柳井正、小学館・2010年10月発行
2012年3月17日読了

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2012年3月16日 (金)

名画 絶世の美女 ヌード 平松洋

西洋名画から選りすぐった裸婦画の傑作集。
ブグロー、デュバル、カバネル、ドミニク・アングル、ダヴィッド、ドラクロワ、マネ、ゴヤ、ルノワール、ベラスケス、クリムト、ティチィアーノ、ボッティチェリ、等々。

個人的には、エドワード・ポインター1884年の作品『ディアデーマを結ぶ少女』(p98)が、精細な背景画を含めて最も気に入った。厳格な性道徳を前面に押し出していた当時のイギリスで大論争を引き起こしたらしいが。

ブグロー『ヴィーナスの誕生』(1879年:p18)、バーン・ジョーンズ『運命の岩』(1876年:p50)、ボナール『光を浴びる裸婦』(1908年:p111)、ローレンス・アルマ=タデマ『お気に入りの習慣』(1909年:p111)も好みだな。

巻末の解説はわかりやすかった。
中世までは"人の女性の裸体"を描くことはタブーで、ルネッサンス以降も裸婦はモティーフに留まり、あくまでも、ギリシャ神話や聖書物語を主題に据えないといけなかったらしい。
宗教的な禁忌と抑圧が弱まり、市民階級が権力を高めるに至った結果として、裸婦そのものが絵画の主題となりうるのは、実に20世紀に入ってからのことか。

私見だが、ヴィクトリア朝時代からエドワード朝時代へ移り、堅苦しさ、あるいは建前論を掲げる必要性の薄れたことが、20世紀初頭イギリスでの裸婦画の許容に繋がった一因ではないかと思われる。またフランスにおいても、パリ市民の間でダンディズム、乗馬などの英国趣味を取り入れることが最新流行であったことを考慮に入れると、エドワード朝の"開放的な世相"が少なからず影響しているのではないか。(素人意見、御容赦のほどを。)

名画 絶世の美女 ヌード
著者:平松洋、新人物往来社・2012年1月発行
2012年3月16日読了

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2012年3月15日 (木)

小さいおうち 中島京子

山県の田舎で小学校を卒業したタキは14歳から女中奉公をはじめる。世界を代表する都市に躍り出た1930年の東京で、やがて玩具会社の常務夫人となる時子奥様の家にタキは移り住む。

戦前の好景気の波に乗って会社は事業を拡大する。家族が北西の郊外に建てた一戸建ては赤い屋根を持つ和洋折衷の、当時を代表するモダーンな文化住宅だ。
使用人ではあるが、ときに姉妹のように接してくれる奥様と、ぼっちゃんと、再婚した旦那様。慎ましやかな、幸せな日々は楽しく過ぎてゆく。
戦前昭和の、まさにベル・エポック期。
そして、会社の若手デザイナー板倉氏と奥様の秘密が、はじまる。

戦争は、美しい日常の裏に隠れている。勝って終わるはずの事変は、いつのまにか、太平洋戦争へとなだれ込んでゆく。

昭和モダンを満喫する一般市民が、最初はゆるやかに、やがては急峻に奈落の底へ投げ落とされるさまが伝わってくる。
人肌伝わる日常と、乾ききった悲劇は、実は密接しているのだ。時代の空気に流されることの恐ろしさ。無関心とまでいかないが、ある程度は世相と距離を保つことの重要さを確認せざるをえない。

「そうだ、小さいブリキの、進駐軍のジープの話をしよう」(p271)
7章まで読者をタキの世界に引き込んでおきながら、最終章でいきなり突き放す。66年後の東京と金沢での物語も切ない。
「気の毒だったのは、大叔母が、一人で泣いているのを見たときだ」(p279)
「僕は、痩せて丸まった背を不器用に撫でた……どうして神様は大叔母に、やすらかな最晩年を与えなかったのだろう」とタキの甥の息子である健史は思う。だが少なくとも「泣きながら亡くなったのではないだろう」(p280)ことが慰めだな。
読者のひとりとして、タキの半生とその心の内を垣間見た側からすれば、その涙の理由も伝わってくるようで、実に切ない。その真の理由はさらに後のエピソードで明かされるのだが。

ああ、小説を読んでもらい泣きしたのは、久しぶりだ。

「坂の上の上の庭の金木犀の香り」(p301)
余韻に浸りながら、書店カバーを外し、あらためて本書の美麗な表紙を眺めると……そこには最終章に登場する『小さいおうち』16枚目の内容が現れ、もう一度感動させてくれるという仕掛けだ。ありがとう!

小さいおうち
著者:中島京子、文藝春秋・2010年5月発行
2012年3月14日読了

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2012年3月 9日 (金)

ブルー・ゴールド 真保裕一

地球の水は誰のものか。
印象的なプロローグ。本編でもあらためて登場するプロモーションビデオの内容は、エンターテインメントで済ますには重すぎる本書のテーマを暗示している。

巨大商社に勤める入社4年目の藪内は、海外入札の失敗の責任を負わされる形で、怪しげな関連商社への出向を命じられる。実に個性的な社長と社員にとまどいながらも、精密機械製造会社のための工場用地確保に奔走する藪内。有望な地下水を有する酒造メーカーの買収劇は社長の辣腕によって鮮やかな成功を見せつつあったが、思わぬところから妨害工作が入る。
物語は水道事業民営化の問題点を示唆しつつ、巨大な利権を巡っての日本の巨大商社、スエズ運河建設当時からの実績を重ねる多国籍水道企業、地方役人の思惑を衝突させながら、9年前のある事件へと収斂してゆく。

「仕事に追われ、自分を追い込み、命をすり減らして散っていった父親」(p297)への思いは僕にもわかる。一生涯、忘れることはない。

それにしても、ゴールド・コンサルタント社長の伊比の攻勢の凄まじさは圧倒的だし、ある意味、憧れでもある。そんな彼が額をテーブルに押しつけて頼み事をするシーン(p284)は印象的だが、最終段階で明かされるその背景も感慨深い。

「正義は我らにある。それを忘れるなよ」(p81)
僕も理想を高く持って生きてゆきたい。

BLUE GOLD ブルー・ゴールド
著者:真保裕一、朝日新聞出版・2010年9月発行
2012年3月9日読了

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2012年3月 6日 (火)

レンズが撮らえた19世紀ヨーロッパ 貴重写真に見る激動と創造の時代 海野弘

産業革命を経て都市への人口集中が加速し、革命と戦争を引き起こしつつ新しい文化を築いた19世紀ヨーロッパ。本書は1850年代以降に普及した新しいメディア=写真をふんだんに使い、ベル・エポック期ヨーロッパの社会と都市文化を俯瞰する。

一般大衆が権力に目覚める黎明期であり、女性の社会への進出を目前にした、実に面白い時代だと思う。

・都市の顔、すなわち大通りに面するファサードができれば必然的に裏通りもできる。地上と地下、あるいは光と影の"都市の二重性"がさらに地方住民を呼び寄せ、都市を遊歩するボヘミアンが登場し、都市は複雑さを増してゆく。ダイナミックに動く「流れてゆく都市風景が出現する」(p23)

・各国王室といえども流転する運命には逆らえない。ハプスブルグ家の末期は読んでいても辛い。暗殺者の情報を事前に入手していたにも関わらずフェルデナンド大公がサラエヴォへ向かった理由を知れば、彼が人生最後の時点で幸福感に包まれていたことが想像できよう。(p76)

・服飾モードはパリが他を圧倒している。王侯貴族は流行デザイナーを御用達にしているが、都市居住の一般大衆もディスプレイや雑誌記事などにより、流行を楽しめたようだ。

・極上のエンターテインメント、オペラの黄金時代に好んでテーマとされた「運命の女」たち。ロマンチシズムと偽善性の並立する時代に出現した束の間のあだ花、高級娼婦の生活も興味深い。(p183)

・現在文明に連なる「世界を変えた発明」(中本繁実)は興味深いが記述が物足りない。もう少し内容を充実させてほしかった。

できれば同じシリーズ構成で、戦間期ヨーロッパを対象に一冊発行されることを願う。

レンズが撮らえた19世紀ヨーロッパ 貴重写真に見る激動と創造の時代
著者:海野弘 他、山川出版社・2010年12月発行
2012年3月5日読了

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2012年3月 1日 (木)

紅茶スパイ 英国人プラントハンター中国をゆく サラ・ローズ

インド住民の血と汗を搾りに搾り、アヘンと茶による三角貿易で巨万の富を築き上げた大英帝国。その代理人として200年に渡って巨大な権力と利益を独占したのが世界初の多国籍大企業、イギリス東インド会社だ。彼らは南京条約締結以降の中国が"自らアヘンを栽培する可能性"を極度に警戒する一方で、中国が独占していた緑茶および紅茶の"種と製法"を盗み出し、インドで栽培することを画策する。

伝統と歴史を重んじるばかりに停滞する中国の姿と、科学技術と個人主義の相乗効果により発展を続け、世界へと拡大する大英帝国の活力とを読み取れた。

東アジア独占貿易権、インド独占貿易権を次々に剥奪され、窮地に立たされたイギリス東インド会社が起死回生策として打ち出した"国際的窃盗"を引き受けたのがプラントハンターの第一人者、ロバート・フォーチュンだ。決して裕福でない中間層に生まれ、自らの力で植物学者の地位と名声と富を築き上げた彼が上海、緑茶工場のある安徽省、紅茶産地の武夷山脈で遭遇する得難い経験は、冒険譚としても一級品だ。
・弁髪を垂れ下げ、ゆったりとした中国服に身を包んだフォーチュンは、"長城の向こうからやって来た高級官吏"になりすまし、上海から安徽省の奥地へと進む。ガイドは"手数料"をかすめ取ろうと画策するわ、かごかきは文句が多いわで、中国人の習性の悩まされながらも、まずは緑茶の産地と製造工場を"視察"する。
・安徽省の農民の住居の描写が興味深い。四つの家族が暮らす粗末な家屋で、四つの竈が室内を煙で充満させることにフォーチュンは辟易する。一方で、農民の知識レベルの高さを見いだし、若者の学問へ真摯に取り組む様子を賞賛する。
・長江の下流の製茶工場で、これまで秘密のベールに包まれてきた緑茶の製造工程を見学する。ちゃっかり製法や原料の一部を失敬するフォーチュンだが、中国人がヨーロッパ向け輸出品に"異物"を混入させている事実こそ、彼の最大の発見の一つだろう。"白い悪魔"が口にする緑茶に、心臓発作や無気力症状を引き起こす化学物質を混入させてやれ、か。数年前のギョーサ事件を思い出させるエピソードだが、100年前の昔も今も中国人の本質は同じってことか。
・その確保された異物=毒性混合物は、なんと1951年のロンドン万国博覧会に出展されるのだ。その結果、緑茶を好むヨーロッパ人は激減し、大英帝国インド産の紅茶が市場を制することになる。まさに因果応報。

無事に上海から香港経由でヒマラヤ山脈の農園へ発送したものの、カルカッタから陸路をゆく途中で、苗木と種は壊滅的な被害を受けてしまう。
・原因は人為的なミス=集団的無責任によるものだが、二人のイギリス人植物学者が責任をなすりつけ合う様子は、今も昔も変わらぬ官僚的体質を感じさせる。
・インドから上海のフォーチュンの手元へレポートが届いたのは、なんと9ヶ月後だ。このあたりの時間感覚の差異が現代と大きく異なる。

最初に送った緑茶の種と苗木はすべて無駄になったが、フォーチュンは不必要に自分を責めたりはしない。科学者として問題の解決に真剣に取り組む。この態度は見習いたい。
「科学が人間の怠惰と失態に勝利した」(p204)とあるように、見事に紅茶の種と苗木をインド・ヒマラヤ山麓に根付かせることに成功する。
・チャノキと茶の製法を盗み出されたことを中国政府が気付いたときには、インド産の紅茶が全世界に輸出されることとなる。以降、紅茶取引の世界では中国はインドに太刀打ちできなくなる。
・中国政府も負けてはいない。インドからの輸入に頼っていたアヘンを国産化するため、ケシの苗木をインドから密輸入して自国で栽培していたことが、これまたフォーチュンの現地調査によって明らかにされる。このケシ栽培の成否について本書では明らかにされていない。

時代を席巻した技術は容易に陳腐化し、新技術を駆使する者が時の覇権を手にするのは世の常だ。本書の舞台となる19世紀中葉でも事情は同じだ。
・紅茶輸送は独占にアグラをかいた東インド会社の帆船からクリッパー(快速帆船)に、さらにスエズ運河の開通が蒸気船にその主役を譲ることとなった。
・従来のマスケット銃に代わるライフル銃は、その装填火薬の梱包紙に浸透させた牛と豚の油脂がインド大反乱を引き起こし、東インド会社の統治を終焉に追いやることになる。
・そして最大の技術革新、すなわち電信と海底ケーブルは上海、カルカッタ、ロンドン間の距離を著しく縮め、アジアの貿易構造を一変させることになる。世界最大のインド植民地と海運ネットワークを擁するイギリスの帝国主義的地位は飛躍的に高まり、19世紀をパックス・ブリタニカへと導くことになる。

著者は「現在の国際ビジネス同様、東インド会社は勝つためならどんなことでもした」(p27)と述べているが、現在もきっと世界のどこかで同じような行為が行われているんだろうな。

For All the Tea in China:
How England Stole the World's Favorite Drink and Changed History
紅茶スパイ 英国人プラントハンター中国をゆく
著者:Sarah Rose、築地誠子(訳)、原書房・2011年12月発行
2012年2月28日読了

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復刻版岩波写真文庫 田中長徳セレクション パリの素顔

1956年発行版を忠実に再現。戦後の混乱期を抜けつつも写真雑誌が稀少な時代、まだ遠い存在だった"巴里"の日常がモノクロ写真にて蘇る。
写真に添えられた文章がとても秀逸であり、写真集の粋を超越している。

・オルセー美術館の開館にも遠い時代、逆ピラミッドのないルーブル美術館は新鮮に見える。
・メトロに一等車、二等車の区分が残っていたとは驚きだ(p43 さすがに現在はない)。
・夏には夏の、冬にはその表情を最大限に魅せるパリ。世界中から観光客が集まるのも納得だ。

それにしても、パリの街にはコートがよく似合うな。

復刻版岩波写真文庫 田中長徳セレクション パリの素顔
岩波書店・2008年3月発行
2012年2月25日読了

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2012年2月17日 (金)

名画 絶世の美女 平松洋

西洋名画から選りすぐった美女絵画の"華麗な競演"、とある。
ティチィアーノ、ボッティチェリ、デ・モーガン、ロセッティ、ラファエロ、ダ・ヴィンチ、ミレー、ウォーターハウス、モネ、ルノワール、ゴーギャン、ミュシャ、等々。

個人的なベストを選ぶと、ドミニク・アングル1845年の作品で"理知的美人"ってな雰囲気があふれ出ている『ドーソンヴィル伯爵夫人』になるな。眼前にモデル本人がいれば、即プロポーズするんだが。
現物を拝見しに、フリック・コレクション美術館(ニューヨーク)まで足を運ぶか。

ロセッティ『最愛の人』『ヴェヌス・ヴェルティコールディア』、ティチィアーノ『ウルビーノのヴィーナス』、アングル『シャルル七世の戴冠式のジャンヌ・ダルク』も好みだな……。

名画 絶世の美女
著者:平松洋、新人物往来社・2011年8月発行
2012年2月16日読了

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絵はがきの旅 歴史の旅 中川浩一

著者蒐集による絵葉書を題材にした、実に旅心をくすぐるエッセイ集。

第一部ではロンドン、モナコ、ロマンチック街道、ハイデルベルク、旧ソ連圏のシルクロードを、絵葉書と夏目漱石、森鴎外、コナン・ドイルらの文学作品を関連づけて解説する。
・鴎外『うたかたの記』の舞台となったスタルンベルク湖とバイエリッシャーホテル。ホテルの新旧の絵葉書の比較から、100年前と変わらぬ姿で営業されていることがわかる。古い建築物を遺産として保持活用する思想は、古くなった欧州車にノスタルジーとさらなる愛着が生じる感覚に通じると思う。
同作品に登場するライン渓谷の伝説"ローレライ"の地も解説される。
主人公の画工、巨勢にモデル(ミュンヘン滞在日本人)がいたとは知らなかった。
・シャーロック・ホームズ長編『四つの署名』と漱石留学、倫敦塔見物にまつわる解説は楽しめた。

第二部では空港、オムニバス(バス)、ホテル、駅前旅館、海峡連絡船など、19世紀以降の世界各地と明治以降の日本で発行された絵葉書と照らし合わせながら、その発祥と発展の度合いをみる。
・明治から昭和初期にかけての東京の交通事情に関する解説本はよく見かけるが、地方(長野、浜松、山梨、旭川、阿蘇)の道路と交通についての解説は新鮮だった。明治・大正期の先人のエネルギーには感服させられるな。
・鉄道の発達が地方に観光客を運ぶのは良かったが、鉄道高速化は"日帰り客"を増やし、観光地の旅館業に深刻な影響を及ぼし始めた。なるほど、当時の絵葉書から"鉄道&宿泊割引"、"鉄道&食事割引"などの新商品が開発されたのも、この頃のことだとわかる。
・マンチェスター~リヴァプール間に世界初の都市間旅客鉄道が開通したのは1830年だが、早くも10年後にはロンドンでステーション・ホテルが開業した。
いまも営業しているセント・パンクラス駅ホテルやチャリング・クロス駅ホテルには、いつか宿泊したいと思っている。
・sea bathing 海水浴の発祥地は、ドーヴァー海峡に面するブライトン。病気療養が当初の目的だったが上流階層が大挙押し寄せ、一大リゾート地となった。
ついでに書いてしまうと、世界初の電車Volk's Electric Railwayも1887年にこの地に開通したそうな。2012年も健在なのが嬉しい。

明治42年にケルンから著者の祖父宛に届いた絵葉書にツェッペリン飛行船が描かれている。1909年だからLZ4かLZ5あたりだろうか。気になるな。

絵はがきの旅 歴史の旅
著者:中川浩一、原書房・1990年3月発行
2012年2月14日読了

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2012年2月11日 (土)

五月の霜 アントニア・ホワイト

第一次世界大戦前のロンドン。父の影響によりプロテスタントからカトリックへと改宗した9歳のファーナンダ・グレイは修道院附属校へ入学するも、初日から打ちのめされる。
学友は執事付の御屋敷に住み、自分用の子馬まで持つ上流階級のお嬢様ばかり。数少ない中産階級の"ナンダ"は、使用人ひとりの自宅を南イングランド・サセックスの邸宅に、農作業用の老馬を立派な子馬に格上げして話を合わせるが……。

著者の実体験がベースとされる本作。聖心修道会をモデルとし、二千年にも及ぶカトリックの伝統と規律ある生活が、随所に散りばめられた多彩なエピソードを通じて伝わってくる。長年イギリスで蔑視されてきたカトリックの厳格さと信者の奥深い一面を垣間見ることができたように思う。

修道院に準じた女学生の毎日は過酷だ。10分単位で決められたスケジュール、質素すぎる食事、最小限の生活エリアに最小限の持ち物。俗世間との接触はもちろん、友人二人との行動も制限される。手紙や持ち物はすべて検閲の対象であり、世濁にまみれた小説などの保持は許されない。
服従こそ美徳。

3年を過ごすうちに、やがて親密さを増す3人の友人。フランスとドイツに係累を持ち、数百年のカトリックの家系を誇る貴族の娘、レオニー。プロテスタント大貴族でありながら、カトリックへの改宗を求めるクレア。王族とも交友のあるスペイン貴族、ロザリオ。
個人的には美貌と富と才能を併せ持ちながら、粗野で雑な性格のレオニーが気に入った。

小説の才能を開花させつつあるナンダ。信仰心こそ至上であり、学問や芸術は永遠の救いのためにあるとする教義に疑問を抱きつつもも、つつがなく毎日を送る。

ナンダ14歳の誕生日は、偶然にもその年の復活祭にあたる。聖週間を控えた数日間は、親友に囲まれて過ごした至福の時間となったが……。
物語の結末はあまりにも厳しい。

ナンダに厳しい処置を下したマザー・ラドクリフが語るように、カトリックの厳格さは人格の独立を許さないものだ。中世では当然視されていた独善的かつ排他的な教え。それが恩寵であり"人への優しさ"だとする価値観に賛同したくはないが、異文化探究の意義深さが強く感じられる。

FROST IN MAY
五月の霜
著者:Antonia White、北條文緒(訳)、みすず書房、2007年10月発行
2012年2月11日読了

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