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2010年9月10日 (金)

新しい世界観を求めて

国内左派に軸足を置き、権力者のみならず似非市民をも非難してきた論客、佐高信氏。一方で、大商社の一員としてイラン、イスラエル、アメリカを識り、実業経済の現場から世界的視野を持って日本の国土と歴史を語るのは、寺島実郎氏だ。
戦後第一世代として、同世代の民主党政権首脳部、虚像経済に身を置く不誠実な経済学者、未来予想屋を糾弾し、次世代への責任を語り合う。
一流の知性と知性がぶつかりあう現場の息吹が文章から伝わってくる。対話篇の魅力がここにある。

■民主党政権への失望
給付金=子ども手当的な発想についても、高福祉高負担社会を目指すことを明確にしての有意義な社会政策ではなく、単なる景気対策=人気取りである点が「ポピュリズム」であり、その先のファシズムの危険についても語られる。

さらに子ども手当は、苦しい中から教育費を捻出する親の姿を、子どもなりに感じ取ってきた、伝統的な日本の家族の姿=社会的人間関係=「人間の真っ当な社会観、労働観」を破壊すると、哲学無き政策の負の影響への懸念が表明される。

哲学無き社会、か。思えば、1920年代のイタリア型ファシズムは現れないにしても、日本では「官僚独裁」なる政治形態が常態化するのかもしれない。それに「耳障り良い政策を論理的に並べる強いイケメンな指導者」のコラボが完成すれば、日本型ポピュリズムは容易にできあがるな。
企業の海外"逃避"がそれを加速するし。

■駐留米軍の問題
普天間基地移設問題。この日本の外交や安全保障の根本に関わる問題を、まるでジグソーパズルを解くように移転先を探す姿勢に終始した民主党政権の迷走ぶりに対し、二人は厳しい。
冷戦終了から20年、いまだに米国追従を続ける日本には「根性を据えた思索と大きな覚悟が問われている」。

諸外国の深層意識では、特にアジア諸国と欧米では、日本は独立国家として認識されていないことが、ロシア人や中国人との対話から示される。従属国家である。これが日本人の意識に刷り込まれ、だから領土内に日本の管轄権のない米軍基地が多数あっても関心を寄せない事態になってしまった。政府閣僚だった米国の政治学者ですら日本を「保護領」と呼ぶ始末。
明治維新時代、幕府と薩長はフランスとイギリスをバックに内戦を闘ったが、それでも外国軍を駐留される事態は許さず「まともな常識を持っていた」。
その上で、将来の米軍撤退を見据えた、段階的な政策が提言される。
たds、管理権を日本が取り戻すまでは良いが、米国軍の最終的な国外への移転=グアムやハワイの戦力を緊急派遣軍として日本の防衛に加味する案には、個人的意見としては賛同できない。現実的な戦力が「そこに存在する」ことが抑止力である以上、傭兵のようになるが費用を払って駐留してもらうべきだと思う。圧倒的な攻撃的戦力を有することのない日本には、やはり同盟国の力は必要だろう。

■新しい世界秩序と日米同盟の姿
冷戦直後に言われた"アメリカ一極支配"等とはほど遠い世界。G8、あるいはG20による世界統治も過去の姿であり、世界潮流は、全員参加型の複雑な様相を呈している。アフリカの背後では中国が影響力を行使しており、「日米同盟で安心」な時代ではない。そのアメリカですら、ゲーツ国防長官の論文によると、同盟国は自主防衛が基本でありアメリカはサポートに徹する、との姿勢を打ち出したらしい。
日米安保条約はどこへ行った? との疑念も、国際政治の現実の前では霞んでしまう。日米関係をどのような姿にするのか、どのヴィジョンがあいまいにされたままだと、自然消滅する。そういうことか。

かつての不平等条約の改正では、明治、大正の先人は辛酸を舐めた。日英同盟と、その先の第一次世界大戦で多大な犠牲を払い、やっと正しい条約の姿になったことを思えば、日米安保条約、地位協定の改善の道のりは険しいなぁ。

■米中関係の側面としての日米関係
われわれはいつまでも日米関係が緊密であると考えがちだ。あるいは希望的観測。現実には米中関係のほうが緊密であり、歴史的には回帰した、と言える。太平洋戦争の遠因のひとつが日中戦争であり、中国から手を引かない日本を米国がABCDラインを主導し、破滅に追い込んだ。
恐ろしい話が書いてある。「もし」中国共産党が国民党に取って代わらなければ、日本の戦後復興は30年以上遅れていたそうな。戦後の米国資本は中華民国に向かい、朝鮮戦争も特需もないから、日本の産業は低水準のまま。韓国よりも途上国になっていたかもしれない。そう考えると「毛沢東のおかげ」とも言えるな。

GDPで日本を越えた中国や勝ち組Samsunを抱える韓国に対する対抗心、いわば"負け組日本の焦り"についても、寺島氏は「次元の低いナショナリズム」と一蹴する。
現実的にも、日米間の貿易を日中間のそれが凌駕しているのであり、考え方をあらためないといけないか。

■マンデラ、ガンディー、魯迅
かつて大英帝国として過酷な統治を行いながら、コモンウェルスとして旧植民地との連携を保つイギリスと、終戦から65年を経ても中国、台湾、韓国から恨まれ続ける日本。その違いは大きい。
支配した国や地域に対する責任感。これを日本は持っていたか? 精神的・文化的スケール観のある視界を持っていたか? 
なぜ、マンデラは白人を許したのか。なぜ、魯迅は「藤野先生」を書いたのか。ガンディーの南アフリカでの体験が、非暴力運動に繋がったのはなぜか。ある意味、本書の骨格を成す密度の高いエピソードたち。

■社会をより良くする解決力
イスラエル駐在時代の中東戦争。目の前を戦車の群れが轟音を上げて走り、上空では戦闘機の爆音がとぎれない。そんな環境に身を置いた商社の先輩の行く末がリアルに語られる。不条理を体験した戦中世代の格差は大きく、戦後世代は幸せだ、と。(92頁)

「途方もない貧困や不条理は個人の努力だけでは解決できない。社会の構造や時代を変えないとだめだ」
「同情したり、泣いたり、声を張り上げるのも大事だが、問題を解決する力がなければ意味がない」(81頁)
この辺り、日頃の仕事から分かる気がするなぁ。

他にも、村上春樹作品=民族や国家を消し、個と世界の直截な結びつき、いわばフィクションの終始した世界への批評(146頁)、物事の本質=大きな正義をかすめる「小さな正義」への異常なこだわり(152頁)、自己の限界を越えて生きてゆく意味(171頁)、世界を知る力(195頁)等、多大な刺激を受けた。久しぶりに興奮して読めた一冊だ。

新しい世界観を求めて
著者:佐高信、寺島実郎、毎日新聞社・2010年6月発行
2010年9月9日読了

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