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2010年10月 5日 (火)

『百科全書』と世界図絵

18世紀フランスで誕生した百科全書を中心にフランス社会と西洋音楽と美術を題材とする、慶應義塾大学名誉教授の論文集だ。内容は深く、収録されるコラムも実に面白かった。

■百科全書
本文17巻と図版11巻からなり、実に22年を費やして完成にこぎつけた。
重要な点は二つ。執筆と編纂はブルジョア階層が中心であり、当時の特権階級である貴族と僧侶は基本的に排除された。
もう一点の「画期的事件」は、当時の"真理"を独占していた教会の権威の外で、ルネサンス以来の知の蓄積である巨大な情報の体系を、民間企業が書物として刊行したこと。
編纂したディドロも、大学に籍を置かない在野の知識人であったことも重要とされる。

権力、権威の影響を排除した自由な企画とその実現。この精神、現代のWikipediaにも通底するものがあるように思う。
当初に非難されたような信憑性は、いまでは問題視する者はいない。誰もが執筆に参加できる点は実に民主的だが、最近の中東和平の項目に関するように、一方で混乱を来すのは避けられないのだろう。これも進歩の過程のひとつか。

本書には、百科全書の豊富な図版も掲載され、18世紀の生活を垣間見ることが出来る。夫婦別居を前提とした貴族の館や、銭湯船なんてのも面白い。また「異様なもの」を解明する努力は、タブーをあからさまにする点で現代では忌諱されるだろうが、啓蒙主義時代の特色として覧ることができるな。

■記号としての水車
16世紀から20世紀までの絵画、小説、映画を題材に、古来からに用いられてきた水車の、蒸気機関が登場してからの扱いも含め、社会的原動力(自然と人間社会の境界のシンボル)、工業的原動力から、芸術の対象へと変化する様子が著される。
新鮮な発見だ。

■気球
化学の急激な発展に基づく、ガス気球、熱気球の加速度的な開発の章も面白い。偶然の発見が実験=個人の努力によってカタチにされ、世に認可され、有人空中飛行を実現するまでの過程が面白い。また、ドーバー海峡横断を巡る英仏政府間の競争に巻き込まれ、開発者、ロジェが命を落とす悲劇が、225年前の出来事とはいえ、その構図が現代にも引き継がれている気がしてならない。

「さまざまな声や意見や事象がただ大量に現出し、消費されている現代社会では『デザイン』を知る者だけが真の賢者の肩書きを約束されている」(90頁)

「古代記憶術」の記述も興味深い。西洋で印刷術が浸透し、書物が大量に安価に普及する過程で失われていったそうだが、詩作や創造のもととなりうるらしい。

本書のところどころで「数千、数万の反復作業の蓄積=努力と執念の結晶(=世界図絵)」が特筆される。16世紀ラブレーの著作(パンタグリュエル物語の教育書簡)やドイル(ホームズの赤髭組合)、菊池寛(恩讐の彼方に)の内容と相まって、興味深く、また励行することの重要性を再認識できた。

『百科全書』と世界図絵
著者:鷲見洋一、岩波書店・2009年11月発行
2010年10月3日読了

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