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2011年1月29日 (土)

少年キム キップリング

1901年の作品。物語の舞台は19世紀末の北部インド。大英帝国の君主であり、インド帝国の皇帝でもあるヴィクトリア女王の治世が終焉しつつあり、新興帝国主義勢力としてドイツ、ロシア、日本が台頭してきた時代だ。

インド軍の英国人下士官の遺児、キンバル・オハラ。通称キム。パンジャブの大都市、ラホール(現パキスタン領)では"みんなの友達"と呼ばれ、白人でありながら原住民の社会に溶け込み、大商人から警官、街の清掃人まで顔見知りの、機転の利く13歳の男児が主人公だ。

冒頭、ラホールの遺跡 Zamzama ザムザマ大砲にまたがって街の子ども(ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が仲良く遊ぶ)と遊ぶキムは、見慣れぬ衣服に身を包む老人=チベット仏教のラマと出会い、彼の言う「釈迦の放った矢が生み出した"聖河"」を探す冒険に同行する。
途中、アフガン人の大商人~英国諜報部のローカル・エージャント~から機密情報の伝達を頼まれ、これをきっかけに帝国主義国家間の諜報戦=グレート・ゲームに身を投じることとなる。

・ラマはヒンドゥーの子どもに「ケッ、中国人か!」と侮辱されてこれを否定、チベット人だと強調する。なお、ラマその人は極端に高潔な人格として描写されている。ヒマラヤの奥地、チベットに対する欧州人の一種の憧れとも言える思いがあったのかもしれない。

・以前に購入したNelles Map PakistanのLahore市街図で確認すると、ラホール博物館の向かいにあるザムザマ大砲は、別名"Kim's Gun"とある。思わず嬉しくなった。

旅の途中、キムは父親の所属していた連隊に遭遇し、英国人学校に送られる。英国国教会牧師とローマ・カソリック神父の微妙な連携、パブリックスクールらしく"英国人の旦那"としての教育、休暇中の諜報員としての特別教育。優秀な成績を修めたキムは、17歳でインド政府測量部=英国諜報機関に配属される。

・実は僧院長でもあるラマは、チベット仏教界ナンバー2であることが中盤で明かされる。最高の英国人学校の学費をポン、と供出し、現地英国諜報機関の長を驚かせる技もやってのける。

・パンジャブ語、ウルドゥー語、英語、フランス語の入り交じった日常。文字を書ける少数の人間が幅を利かす地で、カルカッタ大学修士のダッカ人エージェント、ヒマラヤの女マハラジャ、首都シムラの骨董商人、現地人インド軍の老兵士など、個性ある人物の豊かな行動が、作品世界を盛り上げる。南下をもくろむロシアと協調するフランスの暗躍と、これを利用する辺境藩王国の"外交"等、政治面での動きも面白い。

"聖河"を探すラマと一緒に北部の高地へ向かうキム。平地人のキムと違い、ヒマラヤが近づくにつれて体力が回復する老人。ラホールやラックナウと違う、多くのイギリス人の知らない世界が開けてくる。
汽車では敵国から追われるエージェントと接触する。「グレート・ゲームに関わっている者には保護など与えられない。死んだら、死にっぱなし。名前は名簿から抹消される」(213頁)
これが、最初の大仕事に携わる旅路のきっかけとなる。

・インド式の罵詈雑言がこれでもか、と言うくらいに出てくる。英国流ユーモアとはまた違った"挨拶レベル"なのだろうが、礼儀正しい日本人には太刀打ちできないエネルギーだ。

・インド生まれの英国人"アングロ・インディアン"であるキップリングの"本国人"に対する意地、あるいは批判精神が作品の随所に垣間見ることができた。たとえば「こういう連中こそ正義を守る者。国を知り、その習わしに通じておる。欧州から渡ってきおった者たちは、白人女の乳を飲み、わしらの言葉を本から学ぶだけ。疫病よりたちが悪い。諸王の毒になる」(85頁、地域警視の英国人に対する高地クルの老マハラジャの言葉)と手厳しい。

Dunドゥーン、Mussoorieムッスリー、Rampulランプール、Chiniチニ。極寒の中、急峻な山肌(山道ではない)を昇降する旅路の果てに、シャムレグの村へ。インドとチベットの国境でのロシア人エージェントとの格闘。はじめての銃撃戦。

獲得した新しい地図(何より貴重)、藩王国の"外交文書"、測量記録等を携え、シャムレグへ凱旋する。体力・知力の限界を乗り越えたキムとラマ。聖なる場所とはほど遠い雑然としたシャムレグの俗界。そこに顕現した"聖河"。その意味を二人は悟る……。

・イスラム教徒を上位に、ヒンドゥー教徒を下位に見る描写が目に付いた。確かE・M・フォースターの長編「インドへの道」でも同じ傾向だった。
もともと分け隔て無く暮らしていたイスラム教徒とヒンドゥー教徒を、あえて分離するというイギリスのインド政策が社会一般に浸透し、それが作家の深層意識に働いたものだろうか。あるいはインドで生まれ、彼の地を生涯の基盤としたキップリングの"肌で感じた社会観"が反映されたものだろうか。キップリングの場合は後者のように思う。

・盤石に見える大英帝国のインド支配だが、半独立の藩王国とのギリギリの共存、アフガンと接する北西辺境部の紛争、イギリス人の"旦那様"への民衆の隠れた反感など、帝国の基盤を揺るがす要素にはこと欠かない。やがてその潮流は、半世紀後の主権国家独立へと至るのだが、作中では独立の機運は見えない。あるいはキップリングからしてみれば、そのような"現地人の暴挙"は考えられない事態というところか。

作品では"現地人は英国人の下位にある"ことが一貫している。帝国主義文学として批判の対象でもあり、時代背景ともども考えさせられることは多い本作品だが、エンターテインメントとして満足感ある読書の喜びを味わえた。さすが、300以上の小説を残したキップリングの最高傑作と言われるだけある。時間を経てまた読みたい。

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KIM
少年キム
著者:ラドヤード・キプリング、斎藤兆史(訳)、晶文社・1997年6月発行
2011年1月25日読了

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