« 日本人のアジア認識 | トップページ | 白い夜 大佛次郎 »

2011年3月 9日 (水)

くらしのうつりかわり展 -あかしさんちの一日- 明石市立文化博物館

今回で19回目なのは結構だが、展示エリアが少ない感じがするなぁ。(2011年3月8日)

1920年代の明石市は明石川の東側までが境で、戦後に明石郡大久保町・魚住町、加古郡二見町と合併して、いまの明石市の姿になったのか。なるほど。

1920年代の生活の品々。ダイニングキッチンなんてものはなく、台所は"土間"だ。かまどと大きな鍋、炊飯用の釜、おひつ。氷保管庫もある。洗濯は木製たらいに洗濯板か。たたみの上にはちゃぶだいと、火鉢。レトロな箪笥はいま見ると新鮮だ。
これらは江戸期から続く伝統的な品々なのであろうが、現代の日本人の生活からは"かけ離れた"毎日を想像させてくれる。

1925年の国鉄明石駅の写真パネル。通り行く人々の姿には感慨深いものがある。
学校給食のメニューは本当、"最小限"だ。それでもアメリカから小麦を有償提供されたのはマシか。

1930年代の高度成長期に、現代の家電製品の原型が登場する。初期型の電気冷蔵庫、電気掃除機、電気洗濯機、テレビ。"ゆで卵製造器"なんてあったんだな。電気炊飯器に保温ジャーは記憶に残っているぞ。急激に変貌する庶民のライフスタイル。20年不況かつ停滞の現代日本と違って、明るい未来に向かって楽しく暮らすことのできる、そんな毎日だったんだろうな。

実は、1枚の写真パネルに衝撃を受けた。
終戦直後と思われる田舎の光景。正面には水道ホースを持ち散水する丸坊主の男児。男は子供だけでなく、大人も上半身裸だ。下半身にはトラウザーではなく、白いステテコを着用し、暑い夏をしのいでいるのだろうか。
背景には、何かの板を重ね合わせて急造したバラック小屋。側の物干し棒には、着物が干されている。
文明生活の片鱗すら感じさせない、1940年代後半の明石の姿か。
当時の状況を経験された方には申し訳ないと思いながら、正直、僕の念頭に浮かんだのは、2007年に訪れたインドの光景だった。

今回連れて行った母(69歳)にそのことを話すと「そうやで。あたしら、みんな、こんなんやってんで!」 実家は空襲(今風に言えば空爆)にあい、住処も家具も写真も思い出の品々も、何もかも炎に焼かれてしまった、1945年の尼崎。持ち出した財産を叩き売って食料品に替え、その日を生きてゆくという現実を思うと、胸が痛む。焼け跡からの復興、と一言で済ませることのできない、大事にしたい歴史だ。

http://www.akashibunpaku.com/
明石市立文化博物館

くらしのうつりかわり展は、2011年3月21日まで!

« 日本人のアジア認識 | トップページ | 白い夜 大佛次郎 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134563/51073686

この記事へのトラックバック一覧です: くらしのうつりかわり展 -あかしさんちの一日- 明石市立文化博物館:

« 日本人のアジア認識 | トップページ | 白い夜 大佛次郎 »

フォト

他のアカウント

おすすめ本

見て下さいね!

  • BMW Japan
    愛車の2001年式E46 320i Mスポーツは快調ですが、E90 3シリーズクーペも魅力的です! 335i、誰か買ってくれないかな~~
  • United Nations Peacekeeping
    現代のアメリカ帝国の一方的かつ傲慢な「強者の論理」がまかり通る世の中ですが、国連経済社会理事会はまだまだ機能しています。そしてPKOの理念もまた!
  • 『ル・モンド・ディプロマティーク』日本語・電子版
    日本に存在しないものの一つが「クオリティ・ペーパー」だ。この大陸欧州(コンチネンタル)の知性が、日本語で堪能できるのです! インターネッット様々ですね。
  • BBC NEWS | News Front Page
    英連邦の残滓は資産でもあります。日本のメディアにほとんど現れることのないアフリカ、南アジアの記事が豊富です。
無料ブログはココログ