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2011年9月12日 (月)

消えたモダン東京 内田青蔵

大正、昭和初期の銀座を闊歩したモダンボーイ・モダンガールと、彼らが求めた文化的な住宅は、戦間期の日本の都市文化を特徴づけるものであり、現在に引き継がれた"新しい日本文化"の象徴でもある。

・外国人居留地と横浜を結ぶ鉄道。外国人が車窓から"一等国の都市の光景"を垣間見られるよう、入念に計画された先進の煉瓦都市、銀座。歩車道分離、街灯、街路樹、舶来品を扱う商店街。舗装された歩道から眺めるショーウィンドウ。明治10年に登場したハイカラな街は、その後の新興都市の手本ともなった。

・活動映画を鑑賞した後は、カフェで和服にエプロン姿の女給の提供する"コウヒイ"や"ソーダ"を飲み、余韻を楽しむ。「今日は帝劇、明日は三越」の標語よろしく、銀ブラは新しい都市文化として定着する。

・目的から"楽しむ手段"へと変遷した買い物。百貨店の登場は上流層だけでなく、市電、地下鉄など都市交通網の発達と相まって、大衆にも楽しみを提供した。

・宮城を中心とする都心の過密さは飽和を迎え、英国の田園都市をモデルとする郊外新興都市の開発を加速させた。私鉄の延線と相乗して膨張を続ける東京。平和記念東京博覧会にはモデルハウスが登場し、都市中間層(高級サラリーマン等)は先進的な"文化住宅"に移り住む。(田園調布、目白……。)

・文化住宅。この言葉、昭和後期は"風呂トイレ付きアパート"を指していたと思うが、大正期は"伝統的な生活を機能性・合理性から見直した、姿も設備も新しいハイカラな住宅"を指していた。1923年頃には現在の日本人の住居のカタチができあがっていたんだな。和室only(あっても洋室1室)の当時の住宅事情からすれば、革新的だったとわかる。
田園都市の住宅コンペ当選作の設計図には力が入っている。現代住宅としてそのまま居住できそうだ。(p114,p117)

・システムキッチンはすでに1923年に開発・販売されていた。その名も"高等炊事台"。瓦斯ストーブ、瓦斯風呂、瓦斯魚焼器はわかる。瓦斯冷蔵庫なんてものもあったんだな。電気製品はまだ高価か、開発されていなかった。

・「大和郷(やまとむら)での暮らし」(p118のコラム)が気に入った。「上下水道の完備や景観を守るために電灯線や電話線を地下ケーブルとして設置するなど、今日に至っても実現しえていない試み」(p114)が行われていたことは驚きだ。現在だと光ケーブルが加わったせいか、僕の居住する地域の空中はひどい景観になっている。

一戸建て住宅を購入し、勤め人の夫と家事全般を担う専業主婦。使用人はいない。夫婦は居間(リビング)を中心に生活し、子供たちには個別の部屋を与える……。はたして、この時代に姿を現し、現在も主流となる○LDKなる新興住宅の間取りは、現代の「共働き」時代にマッチするのだろうか。

個人的にはp80に掲載された平屋住宅が気に入った。間取りと言い、庭の余裕ある活用と言い、本当に住みたいぞ。

消えたモダン東京
著者:内田青蔵、河出書房新社・2002年2月発行
2011年9月8日読了

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