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2011年10月31日 (月)

モダン都市文学Ⅸ 異国都市物語

鉄道網、国際航路、ホテル等が急速に整備された1920年代、第一次世界大戦による好景気に沸く日本人は、大挙して海外に出向くこととなった。
本書は、世界三大モダン都市、パリ、ニューヨーク、上海を舞台とした小説、紀行文、エッセイを収録する。

■林芙美子 下駄で歩いたパリー
"放浪記"のパリ版。生活の細部まで実に活き活きと描写されている。

・セーヌ川左岸の台所付き安ホテルに宿泊し、メトロや自動車に乗らず、自分の足でめっちゃくちゃに街を歩いた。
・11月下旬に訪問したものだから時期が悪い。正午には夕焼けが始まる、暗い夜から夜の街。第一印象は悪い。

・黒い塗下駄でポクポクと商店街を闊歩する"ジャポネーズ"は、すぐに下町の有名人だ。
米と野菜、三匹の生鰯をバスケットに入れる。イタリア人店主との軽快な会話がはずむ。
贅沢はせずともエトランゼの楽しみを満喫する。

・「下さい、私に、黒いカフェ」「下さい、鉄釜」拙いフランス語と手真似で買い物にトライ。隣室の医科大学生や、夜更けに戻るマガザン(デパート)販売員の美しい娘の話。既製服の充実ぶりに感嘆。オランピアのショー鑑賞。インターナショナルな街に感動し、充実の毎日だ。
・バルビゾンへ足を延ばしては、ミレーのアトリエに感動する。
・若くない女の厚化粧に囲まれ、日本人の健康さを思う。「パリーは華やかに荒み過ぎている」(p17)

・高い汽車賃を払ってモンモランシイへ向かう。片言言葉で田舎を旅すると、必ずと言って良いほどハプニングが待ち受ける。僕も同じような経験があるので、この辺り、楽しく読めた。

・結局、パリでも金に困窮するに至った芙美子は、おそらくパリ史上初めて、絹の日本着物を質屋に持参する。質屋の主人は「これはまさに歴史的だ」と言い、芙美子は"断食"から解放される。面白い。

パリ一般家庭のレストラン利用頻度の高さに目を見張る。女性の家事労働の軽減! そして17歳の娘の理想は「自分の働いた金でをおまえの国(日本)へ行くこと」ときた。結婚と家事に縛られる日本女性を哀れむ芙美子。この旅行は、彼女の意識とその後の作品に影響を及ぼしたに違いない。

■横光利一 欧洲紀行
林芙美子の紀行文に比べるとずいぶん味気ない"日記"だ。
「大きな旅行は一人に限ると思う。万事万端、自分ですると云う事が、何物にも換え難く良いのだ」(p55)には同意する。

■石黒敬七 袋小路ジャポン隊
モンパルナスに集う日本人芸術家の武勇伝をコメディに描く。実に面白かった!
「…殊に巴里が何となく感じがよさそうだ。…マア行きさえしたら男一匹何とかなろう」(p74)この感性、同感だ!
・石黒敬七は柔道家で、十数年間も欧州、エジプト、トルコで柔道の普及に努めた功労者だそうな。
・パリのアメリカ人ならぬ「パリの日本人」も多数滞在していたようで、画家だけで300人を数えたという。
藤田嗣治、長谷川昇、山本鼎、戸田海笛などの大物が服を着回す、食費に窮し○○(^^;)を食す、モンパルナスを裸足で歩く、アトリエで日本刀をブン回す、フランス人モデル=人妻に"病気"をうつし、その亭主に金槌で追いかけられる……。うん、武勇伝だ。

・最後の臼田氏のエピソードは……読んで体が震えたぞ、怖くて。わかる気もするが、やはり男はバカだな。

■石黒敬七 カイロ沙漠の月
スエズからカイロに到着した自動車から降り立った貴顕日本紳士たちの生々しい一夜を描く。
・埃の及ぶと書いてエジプトと読ます、か。なるほど
・花も羞じらう埃及美人が嬌態の限りを尽くして、腰の柔軟……。
・数百件の吉原区に吸い込まれる日本人。英仏独、バルカン諸国、アフリカ各国の娘子が袖を引く。世界人種博覧会場の観があり、か。
・さすがに色事だけでは顰蹙を買うのか、最後は大ピラミッド鑑賞の功徳を説く。上手い。

■藤森成吉 ベルリンの春
産業機械化。第一次世界大戦で負傷し、戦後も失業した一農夫の苦境と次の大戦への予感を描く。若干の資本主義への批判も含まれるようだ。

■中条百合子 モスクワ印象記
「ロシア民族の持つ深さは、下へ向かって底無しの深さだ」(p197)
「(ドストエフスキーの)作品中から最も異常な一人の存在を見つけて来ても、ロシアにならば其のような人物は実在し得る」(p198)
夥しい哲学者とカール・マルクスを生育させた独逸人と比較し、道徳的見地や公共秩序の欠落したロシア人を辛辣に批判する。

「半年冬籠もりをしなければならぬCCCPの魂が」新文化を創造するアメリカに対抗しうるのか、中条百合子の考察は鋭い。(p219)

■谷譲次 みぞれの街-めりけんじゃっぷ商売往来 六
昭和2年のロスアンゼルス、落ちぶれた留学生や無職男たちが集う日本人街の怠惰の日々を描く。働き口はあるが「それは支那人の仕事」、「日本人の沽券にかかわる」等の口実を設け、今日も仲間内の博奕に一日を過ごすのだ。
露西亜料理店の皿洗いの急募の口。働いていた黒人が逃げだし、その後釜に納まる日本人の流れ者。
本作に表れる「日本人だけで固まって安心し、他を排す」性行は、現代でも残っていると思う。

■雅川滉 ハリウッドまで
昭和5年、女優を夢見る日系アメリカ人の悲劇。この時分には日本人が積極的に排斥されるようになっていたことがわかる……。

■前田河広一郎 上海の宿
無惨な非衛生的な節操の切り売り、最も商品的に取引される人命、単純な無識から来る雷同性、と著者の支那人に対する見方は厳しい。これが当時の日本人の一般認識だったのだろうか。
まぁ、後半部を読めば、納得せざるをえないが。

他に、竹久夢二「滞欧画信」、深尾須磨子「巴里地下鉄物語」、吉行エイスケ「Filipino 瑪麗の愛」等
戦間期にこぞって世界進出した日本の勢いと、内包される憧れと野望、そして文化摩擦の様相が思い浮かぶ。ソビエト連邦の成立により自我に目覚めた労働者と、対する既存支配勢力の軋轢も物語の端々に表れる。民衆の力への追従と反目、その実、自己満足意識は、そのまま現代に伝承されているのかもしれない。

モダン都市文学Ⅸ 異国都市物語
編者:海野弘、平凡社・1991年2月発行
2011年10月1日読了

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