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2012年1月16日 (月)

巴里ひとりある記 高峰秀子

1951年、当時27歳の大女優、高峰秀子によるパリ滞在記。
短いブリュッセル旅行、帰路立ち寄ったニューヨーク、ロサンゼルス、ハワイの記述もあるが、やはり6ヶ月を一般人として過ごしたパリの記述が中心だ。
高峰秀子さん自身による挿画も素晴らしい。

・彼女は5区の大学町、Pierre Nicoleにある民家に下宿する。民家と言っても日本でいうマンションに相当し、古いエレベータのある5階の一室からは、Tour Eiffelを眺望できたそうだ。

・Etoile エトワール広場(現在のCharles de Gaulle ドゴール広場)からConcorde コンコルド広場を抜けるAvenue des Champs-Elysees シャゼリゼ通りは当時からパリ一番の繁華街だったようで、彼女はここでスーツとコートをつくり、超高級レストランLedoyen ドワイアンで食事し、公園で優雅な時間を過ごしている。

・第二次世界大戦が終わってまだ6年。戦勝国であり、市街地の破壊は免れたとはいえ、生活苦に追われるパリ住民の世相は暗く、"花の都"とは異なる印象を受けている。当時もアメリカ人を中心とする外国人旅行者が多く、彼らに依存していたようだ。

・街と人の細かな観察と、彼女のセンスある描写こそ、本書の醍醐味だ。
「若い学生達が…ツバメのように自転車で飛んで行く」(p35)
「フランスはとてもエンジと金で調子をとったところが多い」(p44)
「猫は黒いのが一番多くて…八百屋のトマトの上に丸くなっているし…」(p93)
「美しい肌から涙といっしょにはずした華族の令嬢のネックレス」(p102)とは、蚤の市を歩いての描写だ。上手い。
「タクシーはたいていくすんだエンジ色で屋根が黒い。…大分くたびれた古物。自家用車はほとんど小型。色も黒か灰色で…」(p35)後にベルギーを走る綺麗な自動車、米国を疾走する大型車との比較がある。
「モンマルトルの坂の上…サクレ・クールは照明されて、ぽっかり星空に浮いている」「ガス燈がぼんやり煙っている」(p128)

・La Rotond、Le Dome、Fouquet's ……高級カフェのギャルソン。高級自家用車で通勤するなど大金持ちで、生き甲斐からギャルソン(の給仕長)を務めている人も実は多いらしい。(p55)

・Comedie Francaise コメディ・フランセーズでThe Winter's Taleを鑑賞し、その衣装と演出の巧妙さに印象を受けるとともに、映画俳優としての血が騒いだらしい。(p74)

・夜のセーヌ河。偶然みつけた小舟の中は粋なレストラン。美男美女が揃い、「甘いお酒の匂いと、誘うような香水の匂い」(p77)に充満した狭い室内の灯りはロウソクのみ。店主の唄うシャンソンに聴き惚れる。
木村尚三郎の著書によると、フランス人は嗅覚で人のセンス(サンティール=匂いを嗅ぐ)を判断するらしく、欧州に日本茶が定着しない理由もここにあるらしい。(逆に薫り高いコーヒーは爆発的に普及した。「世紀末泰西風俗絵巻」p14による。)

・中原淳一、朝吹登水子、石川達三、与謝野秀(外交官、与謝野晶子の次男)らとの交流も描かれる。

・ブラッセルの街を「きれいだ。日本なら神戸あたりか」と書いてくれている。嬉しい。
ブラッセルでは赤い五重塔を発見し驚く。1925年のパリ万国博(現代装飾美術・工業美術国際博覧会:アール・デコ博)の日本の出品物を、ベルギー王が購入したらしい。一度見てみたいなぁ。(p121)

・アメリカ入国の際、旅券の不備から、エリス島に二日も拘留されている。これは貴重な体験だろう。(p157)

ルーブル美術館へも3回訪れたと書かれているが、それよりも本場カソリック教会の宗教芸術に直接触れたことが、彼女にとって意義深いものがあったようだ。(p126、p153)
「私はにげずに知りたい、何でも、どんな小さいことでも」
この精神だな!

今度「二十四の瞳」のDVDを借りてこよう。

巴里ひとりある記
著者:高峰秀子、新潮社・2011年11月発行
2012年1月16日読了

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コメント

本書は、斉藤明美(高峰秀子夫妻の養女)の著書『高峰秀子の流儀』(2010年)と併読すると、実に味わい深いです。 何故なら、『高峰秀子の流儀』中の章(二十七歳のパリ その足跡を訪ねて)と補完関係にあるから。 
例えば、『流儀』本の掲載写真「下宿にほど近いモンパルナス地区へ買い物に出た高峰さん」→本書掲示写真「下宿にほど近いモンパルナス地区へ買い物に出た高峰さん」と。 『流儀』本の掲載写真「下宿のテラスにて」→本書掲示写真「私の下宿のテラスで」と。
それ以外、『流儀』本の読者が渇望していた「在仏中の高峰秀子を写したスナップ写真」、本書では多数収録されていて、実に嬉しい限りです。
本書における高峰の感慨(「さよならパリ/私はもう二度と、来られないだろうけれど・・・そして、もしまた私がやって来れば、パリは静かに、自然に、私をむかえ入れて呉れるだろう」)は、その後 良い方に裏切られました。 何故なら、『流儀』本に パリ再訪時の幸福そうな写真(「1961年、結婚後初めてのパリ旅行を楽しむ二人。高峰さんが一人で滞在してから十年の歳月が流れている」)が紹介されています!
ところで・・・昨年9月に亡くなっていたことが判明し、再注目の原 節子。映画界でほぼ同時期に活躍した高峰秀子の存在が霞むようで、少々癪です。(1939年の映画「美はしき出発」では、19才の原と14才の高峰が共演! 監督:山本薩夫)

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