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2012年2月 1日 (水)

モダン都市文学Ⅴ 観光と乗物

大正、昭和初期の小説、コラムから国内外の旅を主題とした作品が収録される。列車や船に留まらず、飛行船・飛行機や"思索"を対象とした作品もあり、帝國最盛期の雰囲気を味わえた。

「まるで見知らない自然の風景に接することは、それこそ旅の無上のよろこびである」(p12 三宅やす子『北海道の旅』)

■鈴木彦次郎『七月の健康美』
下北半島の山林に赴任する学生。木こり人足の純朴な生活、木材を乗せて走るトロッコ、廃墟となった炭坑などを軽やかなリズムの文体で綴る。
数十人の男が寝起きする丸太小屋に流れるレコード音楽は、意外にもドヴォルザークだ。
イギリス人宣教師の娘、若さはじけるメリイが水着で夕日の砂浜を駆ける様子の描写が素晴らしい。

■木村荘八『愉快な小旅行 -だがあの馬車馬は気の毒だ-』
導入部の「我々はねすごした」に、何か共感を抱いた。朝7時に乗船するはずが、起きたら7時30分。目覚まし係なのに寝坊して、布団の中でシクシク泣く弟(荘十三)に、「汽車で行って汽車のないところは歩けばいい」と言い切る主人公。
道中、偶然見かけた馬車に乗り込むが……やせ馬がヒイヒイ引く様には、頼りなさを越えて同情の念すら抱かせる。

果たして旅先の友人の住居は寺の中にあり、建築中の部屋には天井すらない。暗い部屋なのに圧迫される感覚。翌朝確認すると、部屋は不気味な骨壺や仏像で満たされており、友人の剛胆さにあきれる次第。

■江戸川乱歩『虫』
T型フォードを購入した富裕層青年による婦女誘拐殺人物語。
有名女優への憧憬が所有欲を呼び、有閑であるがゆえに実行に移させる。永遠の所有への渇望が、屍体愛(ネクロフィリア)に変節するおぞましさ。
「(主人公は)この世の除けもので、全く独りぼっちな異人種……、この世の罪悪もおれにとっては罪悪ではない」(p335)
これも世紀末デカダンスの系譜か。

■鈴木政輝『大都會スピイド狂想曲』
機械化された都会の階下へなだれ込む市民の群れ。回転式乗車口に硬貨を投入し、肘木が上がる。彼らを飲み込む全鋼鉄製の地下電車の存在こそ、先進国の何よりの証だ。
そして、高架鉄道省線(現在のJR東日本)の先進設備。時速70キロメートルで疾走し、2分ごとにホームに入ってくる列車の停車時間はわずか30秒、全車両の自動開閉扉が一斉に開閉し、吐き出される乗客と乗り込む群衆の渦、渦。
これぞ東京の公共交通事情、まさに1930年の、スピード時代。

・寺田寅彦は『電車の混雑に就て』にて、最初の満員電車にどうしても乗り込む人と、次の余裕ある電車を待つ人に分類し、人生の行路についての考察を著している。ああ、心当たりあるなぁ。

■広津和郎『自働車で』
関東大震災後、ハイヤーに代わり「メートル(料金メータ)附のあの低級車」、すなわちタクシーが増えたらしい。
後部座席に座る"男女"ともう一人男。KYな男は迷惑がられているのに気付かない……。苦笑せざるをえない。

・Austin オースチン社の広告や試乗記も掲載されている。「英國製小型高級自動車、サルーン型」で2,980圓(1934年)か。いまこのデザインの車で街を流したら、注目の的だろうな。

■八木秋子『ツエ伯号 女人藝術・聯盟』
君はツェッペリンを見たか?
1929年、ドイツ・ツェッペリン伯号LZ127が世界一周の大イベントを敢行した。全長237メートルの巨体を5基のエンジンに委ねて、欧州からウラル山脈、シベリアを経由し、北米へ。8月には北海道を縦断し、東京上空を旋回、霞ヶ浦の飛行場へ着陸している。
本コラムは、東京日々新聞社の便宜により長谷川時雨、尾上菊子らと東京から自動車で取材に出かけた様子を書き伝える。
「悠々と空を圧し近づいてきた銀灰色の偉容を、明朗として音楽的な爆音を……あまりにもそれは大きかった」
「世界は、時間と空間と国境に対する観念をすべて置きかえなくてはならない必要を感じるにちがいない。輝かしい科学の将来は…世界民族の日常の現実となるであろう」(p409)

飛行船、一度でいいから乗ってみたいなぁ。

他に、宇野千代『新京行特急』、兼常清佐『ツェッペリンを見る』、木村庄三郎『車』、谷崎潤一郎『蘇州紀行』等を収録。

モダン都市文学Ⅴ 観光と乗物
編者:川本三郎、平凡社・1990年5月発行
2011年12月11日読了

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