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2012年3月 1日 (木)

紅茶スパイ 英国人プラントハンター中国をゆく サラ・ローズ

インド住民の血と汗を搾りに搾り、アヘンと茶による三角貿易で巨万の富を築き上げた大英帝国。その代理人として200年に渡って巨大な権力と利益を独占したのが世界初の多国籍大企業、イギリス東インド会社だ。彼らは南京条約締結以降の中国が"自らアヘンを栽培する可能性"を極度に警戒する一方で、中国が独占していた緑茶および紅茶の"種と製法"を盗み出し、インドで栽培することを画策する。

伝統と歴史を重んじるばかりに停滞する中国の姿と、科学技術と個人主義の相乗効果により発展を続け、世界へと拡大する大英帝国の活力とを読み取れた。

東アジア独占貿易権、インド独占貿易権を次々に剥奪され、窮地に立たされたイギリス東インド会社が起死回生策として打ち出した"国際的窃盗"を引き受けたのがプラントハンターの第一人者、ロバート・フォーチュンだ。決して裕福でない中間層に生まれ、自らの力で植物学者の地位と名声と富を築き上げた彼が上海、緑茶工場のある安徽省、紅茶産地の武夷山脈で遭遇する得難い経験は、冒険譚としても一級品だ。
・弁髪を垂れ下げ、ゆったりとした中国服に身を包んだフォーチュンは、"長城の向こうからやって来た高級官吏"になりすまし、上海から安徽省の奥地へと進む。ガイドは"手数料"をかすめ取ろうと画策するわ、かごかきは文句が多いわで、中国人の習性の悩まされながらも、まずは緑茶の産地と製造工場を"視察"する。
・安徽省の農民の住居の描写が興味深い。四つの家族が暮らす粗末な家屋で、四つの竈が室内を煙で充満させることにフォーチュンは辟易する。一方で、農民の知識レベルの高さを見いだし、若者の学問へ真摯に取り組む様子を賞賛する。
・長江の下流の製茶工場で、これまで秘密のベールに包まれてきた緑茶の製造工程を見学する。ちゃっかり製法や原料の一部を失敬するフォーチュンだが、中国人がヨーロッパ向け輸出品に"異物"を混入させている事実こそ、彼の最大の発見の一つだろう。"白い悪魔"が口にする緑茶に、心臓発作や無気力症状を引き起こす化学物質を混入させてやれ、か。数年前のギョーサ事件を思い出させるエピソードだが、100年前の昔も今も中国人の本質は同じってことか。
・その確保された異物=毒性混合物は、なんと1951年のロンドン万国博覧会に出展されるのだ。その結果、緑茶を好むヨーロッパ人は激減し、大英帝国インド産の紅茶が市場を制することになる。まさに因果応報。

無事に上海から香港経由でヒマラヤ山脈の農園へ発送したものの、カルカッタから陸路をゆく途中で、苗木と種は壊滅的な被害を受けてしまう。
・原因は人為的なミス=集団的無責任によるものだが、二人のイギリス人植物学者が責任をなすりつけ合う様子は、今も昔も変わらぬ官僚的体質を感じさせる。
・インドから上海のフォーチュンの手元へレポートが届いたのは、なんと9ヶ月後だ。このあたりの時間感覚の差異が現代と大きく異なる。

最初に送った緑茶の種と苗木はすべて無駄になったが、フォーチュンは不必要に自分を責めたりはしない。科学者として問題の解決に真剣に取り組む。この態度は見習いたい。
「科学が人間の怠惰と失態に勝利した」(p204)とあるように、見事に紅茶の種と苗木をインド・ヒマラヤ山麓に根付かせることに成功する。
・チャノキと茶の製法を盗み出されたことを中国政府が気付いたときには、インド産の紅茶が全世界に輸出されることとなる。以降、紅茶取引の世界では中国はインドに太刀打ちできなくなる。
・中国政府も負けてはいない。インドからの輸入に頼っていたアヘンを国産化するため、ケシの苗木をインドから密輸入して自国で栽培していたことが、これまたフォーチュンの現地調査によって明らかにされる。このケシ栽培の成否について本書では明らかにされていない。

時代を席巻した技術は容易に陳腐化し、新技術を駆使する者が時の覇権を手にするのは世の常だ。本書の舞台となる19世紀中葉でも事情は同じだ。
・紅茶輸送は独占にアグラをかいた東インド会社の帆船からクリッパー(快速帆船)に、さらにスエズ運河の開通が蒸気船にその主役を譲ることとなった。
・従来のマスケット銃に代わるライフル銃は、その装填火薬の梱包紙に浸透させた牛と豚の油脂がインド大反乱を引き起こし、東インド会社の統治を終焉に追いやることになる。
・そして最大の技術革新、すなわち電信と海底ケーブルは上海、カルカッタ、ロンドン間の距離を著しく縮め、アジアの貿易構造を一変させることになる。世界最大のインド植民地と海運ネットワークを擁するイギリスの帝国主義的地位は飛躍的に高まり、19世紀をパックス・ブリタニカへと導くことになる。

著者は「現在の国際ビジネス同様、東インド会社は勝つためならどんなことでもした」(p27)と述べているが、現在もきっと世界のどこかで同じような行為が行われているんだろうな。

For All the Tea in China:
How England Stole the World's Favorite Drink and Changed History
紅茶スパイ 英国人プラントハンター中国をゆく
著者:Sarah Rose、築地誠子(訳)、原書房・2011年12月発行
2012年2月28日読了

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