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2013年7月28日 (日)

楽園の蝶 柳広司 [読書記]

京都旧家の出身ながら慶應義塾在学中に社会主義思想に染まり、拘留中の"転向"宣言を経て学業と実家から追われた23歳の朝比奈は、幼少に京都の映画撮影所に出入りしていた縁から、満洲映画協会に脚本家としての職を得る。
建国10年に沸き立つ独立国家、満洲帝国。超特急あじあ号から首都新京に降り立った彼は、大陸的な雰囲気と多国語の声高に混じり合う新興都市の活気に魅せられる。
意気揚々と新天地での活躍を夢想した朝比奈だったが、若き女性監督桐谷サカエ(ここ重要!)よりすべての自信作を否定され、新機軸の探偵ものの執筆を命じられる。
意気投合した中国人スタッフ陳雲と彼の妹、桂花との共同執筆作業を開始した彼は、桂花への恋慕を愉しみつつ、日本ではお目にかかれない最新の英米仏のフィルムを研究し、乱歩の20面相をネタに「中国人の愉しめる」脚本に取り組む。前途洋々、意気軒昂。

だが朝比奈は偶然にも、"日本の国策会社"満映の真実の姿を垣間見ることとなる。
対米英戦争一色の日本と対照をなす日常生活を満喫する彼が、新京の持つ"映画セットのハリボテのような"昼の姿と人の奥の闇を顕現化した夜の姿の二面性を認識したとき、それは満洲国の偽善性が顕わになった瞬間でもあった。

そして知る決定的で過酷な事実。目を閉じる。目眩。
「だって、おかしいだろう」(p232)には感情が揺さぶられた。
希望が絶望に変節した脳裏に浮かぶ蝶の群れ
「この世は本当は蝶が夢を見ているだけなのかもしれない」(p245)

・関東軍の人体実験こそ悪名高いが、満洲国の事実上の支配者=日本人官僚が現地住民を支配する道具として"阿片を活用"し、より多くの中国人の心身を蝕んだ事実。その舞台装置としての満洲映画協会の真の姿がえぐり出される。

・歴史上の著名人、特にキーパーソンとなる元憲兵隊将校から満洲映画協会理事長職に就いた甘粕正彦と、満洲国より"国防を委託された"大日本帝国・関東の軍防疫給水部731部隊を率いる軍医少将、石井四郎の物言いと動作仕草が、いまそこに立つ人物のように活写されているのも本書の魅力のひとつとなっている。

・李香蘭については、満映スターであったこと、似非中国人として日本人の観客から喝采を浴びたことが簡潔に述べられるに留まる。満映が舞台なのだから、できれば彼女と甘粕正彦の関わりについて一捻りほしかったな。

・せめて映画好きの陳雲青年には、"解放後"の希望ある未来の展望あることを願ってやまない。

御参考までに満洲・満映と甘粕正彦氏についての図書です。(手持ちの分だけですが。)
■李香蘭と東アジア 四万田犬彦編、東京大学出版会・2001年12月発行
p108に掲載される甘粕理事長へのインタビュー記事に、満映機構改革と満洲至上主義に基づく映画国策の理念が現れています。
(『魅惑の姑娘スター李香蘭の転生-甘粕正彦と岩崎アキラ(漢字)、そして川喜多長政』牧野守)

■満洲国のビジュアル・メディア 貴志俊彦著、吉川弘文館・2010年6月発行
p176に、大衆の教化を強める目的で1941年12月に行われた満映の部門改正(製作部の啓民映画部、娯民映画部、作業管理所への分割)と、娯楽の統制のことが記載されています。
(『8章 決戦体制下における弘報独占主義」)

最後です。
プロローグの「ソーイチくん!」……お見事です。

楽園の蝶
著者:柳広司、講談社・2013年6月発行
2013年7月28日読了

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