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2013年7月15日 (月)

キプリング・インド傑作選 橋本槇矩 高橋和久 [読書記]

大英帝国の絶頂期に登場し、帝国主義文学を超えて読み継がれるキップリング。本書にはインドを舞台とする18の中短編が収録される。

■At the End of Passage 旅路の果て
シムラから遠く離れ、気温40℃の中に土埃が舞い上がる辺境に働く鉄道技術者。週に一度、自宅に三人の友人が集い、ゲームに興じるのが唯一の慰めの日々。現地藩王に対峙する高等文官、コレラ治療に奮闘する鉄道会社の勤務医、インド政府測量部の技術者の会話の中に、インド統治の実態が語られる。
鉄道技術者の"仕事への献身"ぶりは、80年代の日本の24時間闘うビジネスマンを想起させるし、ストレスが心身を蝕む様子は他人事ではない。同僚を気遣っての過労、不眠症、幻覚の果てに待つものは何か。
本作に示される白人の責務と犠牲は、"植民地でふんぞり返るイギリス人と、支配されて悲惨なインド人"のイメージを吹き消す存在でもある。日本を含む過去の植民地政策の別の側面として、これはもっと語られても良いだろう。

■In the Rukh ラクの中
ジャングル・ブックの主人公マウグリが青年となって登場する!
野生動物に育てられた人類。キップリングの得意とする境界の存在(混血人)の一形態としてのマウグリの登場に、若い白人官吏は驚きおののく。だが長年保安林での職務を続け、長官に上り詰めたミュラー氏に動じるところはない。
「私が信じるのが異教だろうとキリスト教だろうと、ラクの内奥は私には決してわかりはしないということだ」(p41)
この神秘の地では当然のこと。すべて受け入れるべし。

「やつはカースト外の賤民ですよ。ヒンドゥー教徒でもありゃあせん。犬にも劣る、腐肉をあさるような輩なんだ」(p47)
年老いたイスラム教徒の執事が"若い白人の旦那"に訴える、カーストに縛られたインド世界を凝縮した言葉は、この世界を特徴づける問題でもあるのだ。

■Without Benefit of Clergy 教会の承認なしに
"16歳の現地妻"とデリー郊外に家庭を持つにいたったインド帝国官吏。気楽な独身男にのしかかる苦渋。守るべき者との絆、金、現地人との意識の乖離を描く。

息子を亡くし、妻を亡くし、義母も消えて従僕も去り、家も壊される。最後の家主の言葉の示唆するは、若い頃を思い返す日の去来。思い出さえも灼熱のインドに消えるのか。
帝国の支配者、しかし"異人さん"の苦渋が滲み出る。

ロンドンから"視察に来られた"議員先生は「インド帝国人民への選挙権付与」を宣うも、コレラ発生の一報で無様な本性を顕し、慌てて本国へ逃げ帰る。
一方でインド政府のプロパーとして、悪態をつきながらも職責を全うするはインド政府の白人官僚たち。
イギリス本国人と、自らの属するアングロ・インディアンのインドへの入れ込みようの差異。本作に限らず、この対照的な表記がキップリング作品の見所のひとつでもある。

■The Phantom Rickshaw 幽霊リキシャ
避暑地にしてインド帝国の夏の首都、シムラを舞台に、人妻との火遊びが原因で窮地に追い込まれ、亡くなった夫人と人力車の幻影に精神を冒される男の悲劇が描かれる。

恐ろしきは女の振る舞いなり。
過去の女性関係を知った婚約者は豹変、追いすがる主人公の顔を乗馬用の鞭で打ち、男性として命を絶つべきだと迫る。狭い市内で再会した暁には、道端の犬同然の扱い。(p249)

総督を頂点に上級官吏と高級士官、それに一部と大商店主を社交界のメンバーとするインド有数の人工都市の記述も興味深い。

■Lispeth リスペス
The Peninsular and Oriental Steam Navigation Companyがインド航路を設立して間もない1840年代、Simla の北東40kmの高地、Kotgarh コトガルでの物語。
"現地野蛮民の文明化"布教活動を続ける司祭館の夫人が引き取って育てた、コレラ被害にあった名も無き高地の村の遺児。
Elizabeth エリザベスは高地インド語の発音だとLispeth リスペスになるのか、なるほど。
まるで古代ギリシャ女性のような美しい17歳。それでもリスペスの示す"嘘も方便"を受け付けない性格は、民族の血でもあるのか。

■On the City Wall オン・ザ・シティ・ウォール
ラホールの東の城壁の一角に存在するは世界最古の職業の"女性の家"だ。
"家"に集うは多宗教、多民族の男達。インドを構成する民族の特徴、おしゃべりに時間を忘れるのは、彼の地の男達の特徴だという。
白人の旦那(サーヒブ)もその中の一人。植民地支配も長くなれば、疑似でも友人関係は成立する。
なるほど、1857年=インド大反乱のことは、白人も現地人も避ける話題なのか。

断食と並ぶイスラームの主要な行事、1月10日のムハッラムが近づく。
「フサイン」を讃える掛け声から、シーア派なのだろう。
城壁内を整然と行進するムスリムに、ヒンドゥ教徒は黙っていない。飛び交う煉瓦、棍棒、殴り合い、制止する巡査、官憲に加勢する白人紳士、そして登場する女王陛下のインド軍。

イギリスへの留学経験から弁護士を目指し、ギリシャ詩を諳んじ、他のムスリム教徒の盲目的な宗教心を小馬鹿にするエリート青年でさえ、集団的・宗教的熱情に絡め取られ、暴徒の一団に加わってゆく様は、恐ろしくさえもある。

暴動を機に、あるいはそのために群衆を扇動したのかもしれない老人。"民族の英雄"は囚われの城塞から脱出したまでは良いが、時代が変わり、人心も変わり、自分の時代が過ぎ去ったことを認めることとなる。武勇を誇った男には残酷な運命。
老人はいつか、インド独立に向けての指導がイギリス式高等教育を施されたエリートに託されることを知るのだろうか。

■The Head of the District 地方長官
現代のパキスタン北西辺境州を舞台に、パシュトゥーン部族内の主導権争い、白人と現地人の絆と偽善、宗教指導者による反乱の扇動、ムスリムとヒンドゥーの対立、イギリス人騎兵隊などの要素が盛り込まれ、本書で最もエキサイティングな一作に仕上がっている。

インド帝国の副王、すなわちイングランド貴族出身の総督が英国式合理性を植民地統治に、それもアフガン国境の不安定な地域に持ち込んだことを発端に事件は発生する。
すなわちベンガル人の北西地域行政官への就任。これではパターン人(パシュトゥーン)も黙ってはいないだろう。
主人公たる名も無きインド高等文官らの精力的な働きによって事態は収拾することになるが、パンジャーブとベンガルの相容れない運命は、やがて100年の時を経て桎梏となる。
1971年の東パキスタン=バングラデシュ独立が予見されるようで、現代史の視点から見ても興味深い。

■The Mark of the Beast 獣のしるし
酒に酔った勢いでヒンドゥー神、猿のハヌマン像に葉巻の火を押しつけた騒ぎから、その本人に降りかかった"東洋の呪い"。友人のために奔走する二人の男の友情もさることながら、その解決に至る方法がいかにも英国式=手段を問わない凶暴さを伴うものであることが本作の鍵であるように思えた。キップリング本人の意図はどうなのだろう。

■The Incarnation of Krishna Mulvaney クリシュナ神マルヴァニー
■The Madness of Private Ortheris 兵卒オーテリスの狂気
同じインドに住まうイギリス人であっても、軍下級兵士の様相は、エリートであるインド高等文官や軍士官のそれと大きく異なる。ロンドン下層民やアイルランドの出身の者たち、教養なく浴びるように大酒を飲み、人様のもの、それも民間人の所有物をかっぱらう、手の付けられない荒くれ男たち。
この二作に登場する三人の下級兵士-マルヴァニー、リアロイド、オーテリスの所作振る舞いから、ヴィクトリア女王の支配するインド帝国軍兵士の日常が詳らかにされ、ヒンドゥー社会への関わりと相まって興味深い内容となっている。

マルヴァニー。本国のハリファックスからバミューダ群島までの連隊を渡り歩き、インドにあってはビルマ北部戦線、西部国境、北西辺境州での軍務で功績を挙げてきた老兵こそ、幹部将校からも一目置かれる存在だ。
社会秩序を乱す私的な騒擾を繰り返しつつ("老兵"だから若気の至りではない)、しかし他者への模範となる軍務への忠実な態度は、十分に上官の信頼と連隊仲間の信義を掌握する。
現地人工夫に対する白人管理者の不正(賃金の90%を搾取!)に対するマルヴァニーの正義の攻略が思わぬ復讐を招き、失踪騒ぎを引き起こすことになる。結果的にはヴァーラーナシーにおけるヒンドゥーの秘祭を目の当たりにするという幸運(?)に恵まれることになるが、その連隊における後日談が素晴らしい。

オーテリスの逸話として描かれるのは、若い兵士の不安に駆られた精神のやりどころのない発露だ。孤独と暗闇と単調な軍隊生活と個人のアイデンティティの葛藤。兵士を救うのは同じ釜の飯を喰らう"トミー・アトキンズ"であり、民間人でないことの示唆がある。

キップリング自身がインドに生まれ、16歳より地元での従軍記者として、後日には兵士としてボーア戦役に従軍した経歴が、インド軍の内部事情を自らの体験として詳らかにすることができたのだろう。巻末の解説によれば発表当時大きな反響を呼んだそうで、十分に納得できる。

■解説『キプリングとインド』
インド世界におけるイギリス人社会と混血人社会のあり方、キップリングその人の特殊な生い立ちと他に例をみないインド世界への浸透、それでも捨てることの無かった支配者側の視点が、彼自身の書簡と後続作家の批評を題材に、キップリング作品の「面白さ」を披露してくれる。
最初にこの秀逸な解説を一読されることをお奨めする。

キプリング・インド傑作選
著者:Rudyard Kipling、編訳者:橋本槇矩、高橋和久、鳳書房・2008年3月発行
2013年7月15日読了

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