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2014年10月14日 (火)

ヴィクトリア時代のロンドン L・C・B・シーマン [読書記]

1837年に18歳で即位し、以降、60年に及ぶ長大な治世期間を誇ったヴィクトリア女王。本書は彼女の時代のロンドンに焦点を当て、その都市社会の特徴、連合王国の首都ならびに帝国の中枢としての諸問題、社会インフラ、人民の生活等を深く考察する。

・ロンドンにあって現在に足るまで特別の地位を保持する「シティ・オブ・ロンドン」。1888年にロンドン市議会が発足した際にも、あいかわらず行政の独立を保つことができた。独自の警察機構(1840年)を有することといい、彼らの特権的かつ独立した地位はどうやって獲得し、維持できているのか。金融資本家の力の強大さが垣間見えてくる。(p17,50)

・ユダヤ人、スコットランド人、アイルランド人、カトリック教徒。「ヴィクトリア時代の首都圏の中心部分では、労働者たちは社会主義的になる前に、すでに国際的になっていた」(p50)なるほど、ロンドン労働者階級の活力は移民によって刺激されたのか。

・蒸気機関車を発明し、世界最初の鉄道を開通させたにもかかわらず、ことロンドンに限っては鉄道網の発展は置き去りにされた。ひとえに高額の地価により、鉄道は郊外や他の都市とロンドンを結びつけるだけであり、市内で下層中産階級以下の利用する公共交通は乗合馬車と辻馬車が主流だったんだな。先発の「ロンドン・ゼネラル・オムニバス・カンパニー」と、屋上席へ通じる階段を取り付けた「ロンドン・ロード・カー・カンパニー」の競合は好ましい。(p61)

・1890年に開通し、現在に至るまでロンドン市中の主要交通となっているTUBE地下鉄は「壁に詰め物をした精神病院独房」「箱詰めイワシ鉄道」「下水管」と呼ばれていたのか。ロンドン市内の交通を激変させたのに、この悪名とは(p85)。

・貧乏人御用達の街頭市場のたくましいまでの卑俗さが、郊外居住者や田舎者とは異なる「ロンドンっ子」を育み、後のミュージック・ホールを発展させた精神の土壌となった。(p92)

・底辺労働者だったユダヤ人の雑貨商は、いつの間にか下層中産階層を凌駕する金満家となってゆく。彼らが移住したケンジントンでは「地価が下がる」と煙たがられ、それでも躍進を続ける、と。(p94)

・ホワイトリーズの逸話はすごい。服飾店から万事屋へと発展した百貨店の草分けであると同時に、市内バス運行も手掛ける。極めつけは、「企画部門」で、彼らの手がけたイベント(アルバートホールでの慈善氷上大会)と特殊な納品物(教会へ4時間以内に象を納品、印度の王族へ鉄道一式と蒸気船艦隊を納品)からは、総合商社の一面も見える。(p108)

・女性の地位に関する問題。カップルその貧しさゆえにが最終的に結婚できず、同性を恥じた女性が醜業婦に身を落とす様は悲劇的だ(p154)。中産階級から大いに同情されたとしても、本人の空腹を満たすことにはならない。本職の女性からは迷惑がられるし。「親の同意」を必要とする年齢が1885年に16歳に引き上げられる前は、13歳だったとは驚きだ(p153)。

・娯楽の少ない時代だから、劇場の大俳優やミュージックホールの「スター」(文字通り夜間興行だから)は、現代の芸能人より注目を浴びたことだろう。特に英国独自に発展したミュージックホールは、上層労働者階級や中産階級のみならず、上流階級の紳士も足を運んだことで「階級間を隔てていた格差を、わずかであるが軽減した」(p188)。これはどんな社会的調査よりも労働者階級の社会的地位の改善に寄与したことだろう。
 できることなら、ギルバートとサリバンの作品をこの目で鑑賞してみたいものだ(p187)。

・1851年のthe Great Exhibition大博覧会、1862年の第二回博覧会に続き、1886年には植民地ならびにインド博覧会が開催された。ヴィクトリア時代にはこれら公式の大博覧会だけでなく、あるいはそれに先駆けて民間のジオラマやパノラマ、映写機を利用したアトラクションが盛んだったとある(p204)。これらを通じてイギリス国民は帝国の一員であることを肌で感じ取ったわけだが、これらの集大成が1897年のダイヤモンド・ジュビリー、ヴィクトリア女王即位60周年式典だ。女王の行進の中に植民地の多数の代表団が加わり、これらを直接に見たロンドン市民の意識に「自国の領土がまぎれもなく、世界の果てまでも」拡がっていることを強烈に植え付けた(p217)。
 それにしても、オレンジ色や深紅色、淡青色に塗られた(p200)鉄の枠組みを持つ巨大なクリスタル・パレスを、この目で観たかったなぁ。

特筆すべきは第七章『家庭の団欒』だ。その後半は無名の中産階級男性(退役軍医)の詳細な日記から引用され、実に興味深い一節となっている。26歳年下の身分違いの女性を娶ったこと、妻は9回妊娠し、成人したのは5人、子育てとクラブ通いの日々。辻馬車(タクシー)には乗らずもっぱら乗合馬車(バス)や地下鉄を利用し、運賃や車掌の態度にクレームをつける様子などは面白い。また、同じ中産階級でも未亡人家庭や若年士官(准尉)の苦しい家計事情や、彼らへの支援、そして良質なメイドの雇用には実に苦労した様子が窺える(p164~p175)。

惜しむらくは文節の区切りが適切とは思えないことで、小見出しがあればさらに読みやすい一冊になったと思う。
それはともかく、世界帝国を打ち立てた英国全盛期のロンドンの広い描写を楽しめた。

LIFE IN VICTORIAN LONDON
ヴィクトリア時代のロンドン
著者:L.C.B.Seaman、社本時子・三ツ星堅三(訳)、創元社・1987年10月発行
2014年10月14日読了

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