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2015年1月25日 (日)

ラドヤード・キプリング 作品と批評 橋本槇矩、高橋和久 [読書記]

現代日本では話題に上ることの少ないキップリングだが、祖国への矜持を保ちつつ、視野の拡大と帝国的正義感の正当性を描いた作品には、間違いなく示唆される点が多い。

「英国のみを知るものが英国について何を知ろう?」
自国に引きこもる者を嘲笑する詩編『英国国旗』の警鐘は、はるか遠くの現代日本にも響き渡る。

■キプリングの時代のキプリング(橋本槇矩)
序論。19世紀末は帝国主義時代のイギリスに身を置くことで「その時代の声」を探る。
・キップリング作品は小説に非ず。そこに通底するは心理的描写を排し、古代叙事詩に通ずる技芸を駆使したマジック・リアリズムである。彼の作品を帝国主義的冒険「物語」として味わうことの意味がここにある(p36,45)。
・自分を世界の歯車の一つとみなし、日々の職務を通じてその義務を果たす人々へのリスペクト。当時、下層中間階級および労働者階級の「行動する人々」を活写した作品は斬新であり、キップリングは帝国を"主義"などではなく、具体的な理念と行動の集積とみていたことを示す(p34,35)。その意味で、彼はまぎれもなき帝国の擁護者である。
・女王の統治のもとに、法の遵守による公共性と自由に重きを置くキップリングの作品思想は、新帝国主義と勃興しつつあったポピュリズムの兆候を捉えた。それは潜在的に社会に不満を抱く人々を含め、大衆を帝国主義国家へと糾合した(p16,18,39)。

■『キム』 「他者」の認識と主体の位置(伊勢芳夫)
・同一時刻・同一空間に、相反する「事実」の存在することを受け入れること。文化的差異への寛容さを認めることによって成立する複数のアイデンティティ。(p78,84)
・物語に登場するラマ。只者ではない人物なのだが、そのモデルとしてテシュー・ラマ六世が挙げられる。すなわち阿弥陀如来の活仏である。キップリングは自身の鎌倉訪問をきっかけに、このアイデアを熟成させたのかもしれない。(p81)
・異文化に寛容でありながら、イギリス人支配は絶対であり、ロシア人の"邪悪な挑戦"やインド人の主体性は認められない『キム』の作品世界。これが今日まで作品の評価を二分してきた。(p66)

■短編
アングロ・インディアンのジャーナリストとして活躍した前期作品は「男だけの世界」観。イギリスに移り住んで以降は「人間への、特に女性への優しさに溢れた」後期作品を生み出したと言える。
・言語や論理や理性を攪乱するインドの状況(p144)は、まさにケイオス。
・ならずものが辺境の地に王国を築く作品『王になろうとした男』は印象に残っていたが、「不当な」植民地冒険と「本当の」植民事業との差異および同一性(p145)の観点を持てば、なるほどと思う。読者まで「植民地的暴力の共犯者」にさせられてしまうのか。
・『園丁』も印象に残る作品だ。世界大戦で息子を喪失した哀しみも、それを公にすることはキップリングには許されなかった。作中に「あの方に許された」女性を描き切ることで、自身が癒されたともいえよう。(p195)

■詩編
高尚な芸術ではなく、生活に密着したことがらをロンドン訛りやアイルランド訛りを交えて詩編にしたキップリング。大衆に受け、現代作家にも通じる"何か"がある。
・短編集「兵舎のバラッド」に代表される兵士ものは、帝国の辺境で忘れられた下級兵士と、メトロポリスの中枢で繁栄を謳歌する市民とを結びつける役割を果たした。僕は『ウヰンゾルの後家さん』(ウインザーの寡婦)がお気に入りだ。(p247)
・「イギリスとその帝国への奉仕と義務という一貫したテーマ」(p275)を持ち、帝国への責務を果たさない輩を叱咤する特徴がキップリング作品の"味"である。人種主義者と言われるのも無理はないが、世界の支配者の義務を謳う『白人の責務』などは、その哲学が発揮された一品だと思う。たとえ「進歩させた者たちの非難、守った者たちからの憎悪」が報いがであったとしても、責務は果たさねばならない。うん、男の、そして独身者の世界だ。
・「帝国の経験をイギリス人にとって身近なものにした」(p276)キップリングの功績も、その帝国主義的かつ白人支配主義的なことから、しだいに敬遠されていったのだとすれば悲しい。

時流あるいは時代の風潮に乗ることの悦楽、多数派にいることの確認しての安堵。こういったものを断ち切る力が、キップリングの作品にはあると思う。
緊張した人生観、人生の最期に「おまえは何を成し遂げたか?」との問いに応えられるか?(p276)

翻訳書は少ないが、本書の刺激を受け、すべて読みたいとの意欲を掻き立ててくれた。

ラドヤード・キプリング 作品と批評 
編著者:橋本槇矩、高橋和久、松柏社・2003年6月発行
2015年1月24日読了

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