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2015年2月 1日 (日)

キプリング選集 岡田六男 [読書記]

対訳によるキップリング作品集だ。ありがたい。
昭和7年の発行か。

『WEE WILLIE WINKIE ウヰー・ウヰリ・ウヰンキ』
(ウィー・ウィリー・ウィンキー)
インド帝国の北西部、現在のパキスタンであろう陸軍駐屯地にて、インド軍第195連隊長大佐の息子にして連隊のアイドル、六歳児の冒険物語。
copper色の頭髪の若い中尉を「Coppy コピーおじさん」と綽名するのは良いとして、軍長官の奥様を「Pobs デブちゃん」と呼んだのも愛嬌か。連隊の慌てようが目に浮かんで面白い。
ある日、"コピー中尉"と婚約者との接吻を目撃したウィリーは、「母親の半分の魅力しかない」女性、そのAllardyceアラーダイス少佐の令嬢とも友達となる。
KIMを彷彿させるな。

さて、駐屯地はアフガニスタン国境にあり、川向うに住む「悪い人間」の恐ろしさを聞かされてきたウィリーは、アラーダイス嬢が馬を駆って川を渡る姿を目撃する。悪戯が過ぎて「二日間の禁錮刑」を父親から言い渡されている身だ。でも、男なら何をするべきかを知っている。

銃で武装した敵、アフガニスタン兵との邂逅。二十人もの"土人"と対等以上に渡り合う六歳児、ウィリー。
「I am the Colonel Sahib's son, and my order is…」大佐殿の息子として"You black men"に退去を命じる姿は大物だ。もちろんアフガン兵は嘲笑を持って返す。それでも、"土人"の前で泣くことは「不名誉」であることを十分に意識し、「ぼくのれんたい」を待つ。

機転を利かせて無人で返した仔馬が発見され、第195連隊に救出されるウィリーとアラーダイス嬢。
英雄の誕生。こうしてウィリーは「pukka hero一流の」大人の仲間入りを果たす。(p66)

帝国を統治する"白人の責務"が十二分に意識された物語。大英帝国の一つのスタンダートだな。

『THE STRANGE RIDE OF MORROWBIE JUKES 死の谷』
インド沙漠の奥の蟻地獄の底。人間世界の常識の失われた生ける屍たちの村では、暴虐に満ちた人間の本性が隠されることなく発揮される。
『幽霊リキシャー』と並ぶキップリング恐怖譚の傑作。

・土人を卑下した記述があちらこちらに。しかもイギリスがインドを暴力で支配している縮図が現われている(p87)。「dominant race 優越せる人種の一代表者、一人の白人が」土人の隣人たちの掌中にあるのが我慢ならない、と(p107)。当時はこのような表現がまるで疑問を持たれなかったのだな。
・「あの何度も何度も私を圧倒しようとした不可解な恐怖」(p107)と孤独の絶望感。自己のみを頼り、用心するしか生き延びる術はない世界(p117)。
最後は忠実な"召使"に救われるわけだが、それでも他の召使は「死の境」に陥ったSahib 白人の主人を助けようとはしない。これがイギリス支配へのインド人の本音だろうな。

『MOTI GUJ - MUTINEER モティ・ガヂの叛逆』
インド象"Moti Guj"とインド人象使い"Deesa"による愛憎日常劇。

・とあるコーヒー園の労働者、ディーザ。彼の雄一の所有物であるインド象モティ・ガヂと二人三脚となり、今日も開墾の仕事に精を出す。
・乱痴気騒ぎの中で大酒を飲みたいがために10日間の休暇を願い出たディーザ。これが聞き入れられることもインド的だが、その期限も守られないところもインド的だ。
・主人のいない象は暴走車的な存在か。だが"理性"を示すモティ・ガヂは、ある意味、ジャングル・ブックへのオマージュかもしれない。
・本作でも英国統治の正当性がさりげなく主張される。もしも土人が国を治めていたなら、Moti Guj("真珠の象"の意味)のような立派な象は統治者に没収され、Deesaの所有物とはならなかったであろうと。ある意味正論ではあるものの、これをもって侵略者による支配を受け入れることは容認できないはずだが、非支配に慣らされた民衆の悲劇がここにある。

『THE MAN WHO WOULD BE KING 王位を狙ふ男』
新聞記者が語る、インド放浪の果てに、アフガン国境の向こうへ自らの「王国」を夢見た二人のならず者。その憐れな末路。

・インド鉄道のクラスには、一等車、二等車、三等車はわかるとして、特三等車ってのもあったらしい。現代ならプレミアム・エコノミーに当たるのかも。で、その乗客はEurasian 混血児、インド人、酔狂な欧州人の浮浪者。本作はまさに特三等車に好んで乗車するタイプが主人公だ。
・キップリング自身がメンバーだったFreemasonの階級、握手、符牒、シンボルの描写は興味深い(p187,259,262,265)。
・「誰も土人国の内政なんかに微塵も関心を持つものなどはない」(p191) これは現在も変わらない。
・グラッドストン首相に敬称を使わず、あえて"Mister"などの蔑称を用いるところがアンチ自由党のキップリングらしい(p199)。

それにしても、アングロ・インディアンの特殊英語よ。
なるほど、インド人が白人を呼ぶ際の敬称は名前の後に付けるのか(p28,86)。
・レディーメイドはayahで、
・Willie Babaはウィリー坊ちゃんで、
・Wilson Sahib ウィルソンの旦那様、
・Smith Memsahib スミス奥様か
で、Feringhiはもともとフランス人を指し、後に一般の外国人を言うようになったと(p126)。
対訳を読む面白さ。19世紀末のイギリス支配下のインド世界を垣間見ることができたような気がする。

SELECTIONS FROM RUDYARD KIPLING
英米近代文学業書第十四巻 キプリング選集
譯註者:岡田六男、春陽堂・1932年12月発行
2015年2月1日読了

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