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2016年2月22日 (月)

2015年4月パリとリヨン その7 [男ひとり旅の美学]

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2015年4月29日(水)、8時起床、晴

永井荷風の『ふらんす物語』にしつこく登場したローヌ川を見下ろせる部屋を選んだ。
素晴らしい眺望! ローヌ川の流れは早い。

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朝食はコンチネンタル・ビュッフェだ。これは美味だった。
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さて、お散歩開始。
ベルクール広場のインフォメーションセンターで地図をもらい、Lyon City cardを購入(2日券。32ユーロ)


■リヨン歴史地区、ガダニュ博物館

1998年に世界遺産に登録された一帯。なるほど、中世の趣があって実に良いが、完全に観光地化している。
ソーヌ川を越えて旧市街へ。
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ジャン教会からサン・ポール教会あたりが旧市街のハイライトか。良い雰囲気だ。

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さらに細い道を逆向きに南へ歩く。
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Musse Gadagne ガダニュ博物館へ。思ったより大きい。
内部の二つの博物館のうち、リヨン歴史博物館を観る。
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なるほど、ローマ時代のガリア植民地の首都だった街はシルクで発展し、ナポレオンを迎え……。
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■フルヴィエールの丘からリヨンの街を見下ろす

ケーブルカーでフルヴィエールの丘を登る。Lyon City cardでフリーパス。
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ノートルダム・ド・フルヴィエール・バジリカ聖堂はすぐだ。
風景を愉しみ、聖堂内を見学しつつ、時間を待つ。
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14時20分、聖堂内ツアーの受付が開始された。Lyon City cardでフリーパスだ。
ギリギリ人数内に入れた。

で、まさか、集合場所=スタート地点で立ちんぼのまま、わからないフランス語の説明を30分も延々と聞かされるとは思いもよらなかった。
すでに足は棒になり、階段を昇るのが辛い。
なるほど、周りに外国人は少なく、説明に頷きあって、ほとんどフランス人なのか……。

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よく見れば展示の説明書きにも英語はなし。フランス第二の都市なのに、これはないよ。
その後も長い説明が繰り返される。不機嫌。
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だが、塔の頂上から見下ろす光景は、溜まった不満を一掃してくれた!

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ツアー終了は16時。長かったな。
隣接するカフェで小休止。カフェオレは3ユーロ。


■ローマ時代の遺跡
紀元前43年にできたとされるローマ劇場跡。収容人数1万人?
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リヨンがローマの植民都市だった時代の遺跡を展示するガロ・ローマ博物館を観る。
ここもLyon City cardでフリーパスだが、正直、遺跡は見飽きたな……。

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■ソーヌ川クルーズ

ケーブルカーで丘を降り、クルーズ船乗り場へ。
18時、ソーヌ川クルーズ開始。正確にはボートツアーだけど。
Ile barbeバルブ島までの1時間コース・最終便だ。

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まぁまぁかな。


■エマージェンシーです。

19時30分にホテルへ戻る。夕食はまたルームサービス。
・Pan-sautead beef fillet (France meat)
・赤ワイン

あれれ、左足が痛いぞ。出血してるし化膿したのかな?
何故か左手指も痛い。足裏の体液流出が止まらない。

5時間経由しても状態は変わらず、左足裏の痛みは増すばかり。左足全体が腫れ、頭痛と胸の動悸もするぞ。

24時15分頃、ホテルで紹介してもらった救急病院へタクシーで出向く。
ローヌ川沿い、ホテルにほど近いHopital ST.JOSEPHだ。
受付は英語OK。しかし最初にパスポートの提示が必要とは知らなかった。持参して正解。

24時40分頃、DAFALGANを服用した。解熱鎮静剤のようだ。最初に「強い抗生物質はダメ」と言ったからかな?

27時30分(3時30分)になってやっと治療室へ。
消毒され、何かを飲まされ、患部をカバーされ、「帰国まで触るな」と。
この状態がノーマルで、感染していない、と。本当かね。

28時20分(4時20分)に解放された。
信じがたいことに医師も看護師も英語が通じない。システムも異なるし、ほとほと疲れた。

処方箋が出た。どこかの薬局で薬を購入するのは日本と同じシステムか。

受付で呼んでくれたタクシーに乗る。「空港までと聞いて来たが」ってアホか!

ホテルへの戻りは4時45分。正面玄関横の呼び鈴でフロントを呼び、入れてもらった。

旅行の続行は不可能と判断し、帰国することに決めた。

残念なのですが、続きます。

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