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2016年2月21日 (日)

2015年4月パリとリヨン その4 [男ひとり旅の美学]

■アンヴァリッドへ

コンコルド広場からプティ・パレ、グラン・パレを経由し、アレクサンドル三世橋を抜ける。このルートが一番好きだ。

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16時10分にアンヴァリッド到着。二両の戦車がお出迎え。「ガルパンはいいぞ」

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ナポレオン一世の墓を見た。
ドーム教会の中央地下に鎮座する巨大な大理石の棺は、ネルソンのそれを凌ぐだろう。

RIVOLI、PYRAMIDES、MARENCO、AUSTERLITZ、IENA、FRIEDLAND、WACRAM、MOSCOWA、と。
棺の周囲に刻まれた地名は、すなわち英雄の足跡。
12体の女神に見護られて眠ること200年。彼を超える英雄は、さて、現われるのだろうか。

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■軍事博物館

アンヴァリッド内の軍事博物館。
ルイ14世の甲冑、近世の小銃、騎馬兵の姿などから、20世紀の軍事兵站に至るまで幅広く展示されていた。
日本の戦国時代~徳川幕府時代の甲冑は……撮影禁止だと?

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「陸軍の恥」といった記録もキチンと残されている。
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帝国陸軍の軍服もあった。1912年のもの。
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1942年まで来た。さぁこれからというのに、18時になって追い出されてしまった……。
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■サンジェルマン地区を歩く

グルネル通り~サンジェルマン通り~サンジェルマン広場へ。
これが有名なCAFE DE FLOREか。次回に入店しよう。
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ボナパルト通りからカルーゼル門を経て、19時ごろにホテルへ戻る。
良く歩いた。左足の裏が痛い。


■ムーラン・ルージュ

20時10分にホテルを出てタクシーでピガールへ。
外はまだ明るく、ムーランルージュらしい雰囲気はない。
だが、内部は往年のナイトクラブの感じが出て良い感じ。
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ショーはFeerie、前すぎる席だったので全体は見渡せない、

まあ、ド派手なショーだ。
ダンスだけでなく、マッスル大会的なショーもあった。

トップレスなのは最初とまどうが、それが自然に思えてくるから不思議だ。
相席はスウェーデン人夫妻とスペイン人男性で、この男性は元ムーラン・ルージュのダンサーだったそうで、サインをもらった。

水蛇と仔馬のショーには驚いた。

終演は23時前。フレンチ・カンカンは想像よりもショボかった。

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続きます。

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