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2016年9月 4日 (日)

裕仁皇太子 ヨーロッパ外遊記 [読書記]

1921年春といえば、帝国臣民に向けても諸外国に向けても、まだ菊のカーテンの厚く下された時代である。そこでの皇太子訪欧は、確かにセンセーショナルであり、明治憲法下において確かに「立憲君主制」の芽を育み始めた出来事であった。
本書は、第一次世界大戦直後の傷跡深い西欧という「世にも稀な時空」が若き昭和天皇の思想と行動に与えたものを考察し、また西欧、北米の動きと併せ、昭和初期の日本外交の軌跡とその限界を探る。

・日本から地球を半周して英国本土のポーツマスに至るまで、香港、シンガポール、コロンボ、スエズ、ポートサイード、マルタ、ジブラルタルで地元民と英駐留海軍の熱烈なる歓迎を受ける。これら寄港「地点」すべてが大英帝国植民地であり、その覇権を実現・維持するための戦略要港であることが理解できる。

・横浜を出港後、スピーチ、テーブルマナー、態度振る舞いのすべてにおいて貴顕紳士の基準に達していなかった裕仁皇太子が、イギリス滞在わずか数日にして大国の皇族にふさわしい規範を示すほどに変貌し、供奉員のみならず各国王族・外交官を唸らせたエピソードは感動的ですらある。

・イギリスでは王室関係者のみならず、首相ロイド・ジョージ、スコットランドの大貴族アソール公、公の使用人などと会うこととなる。「菊のカーテン」に閉ざされた篭の中とはまったく別の世界。王政とデモクラシーの調和。「君臨すれども統治せずと云う程度を可とす」(p204)への思いの萌芽……。そして同盟廃棄前夜のイギリスに極東洋の国の皇太子が足を運ぶ、このことが彼の国民に心地好い心象を刻み付けた効果は計り知れないものがあった。

・フランス、ベルギーではソンムなど西部戦線の激戦地に足を運び、演習などとまるで異なる、血肉と骨の砕け散った生々しい無残な世界を目の当たりにする。この貴重な体験! 戦争の悲惨さを身をもって知った裕仁皇太子・天皇は、その後、陸海軍の強硬思想に接した弟宮との接遇に苦心することになる……。対米戦争の決断は身を斬る想いだったことが容易に想像できる。

・日章旗の掲げられたエッフェル塔(p149)、見てみたいな。パリ地下鉄の無賃乗車(p166)やオデオン劇場(p153)のエピソードも面白い。

・右翼は民衆を動員し訪欧への大規模な反対運動を展開した。田中儀一から上原勇作への手紙にある「将来何事にも民衆運動を利用すること可相成、皇室国家に害毒を流す発端を作りたるもの……」(p53)は現代的視点からも重要だ。EU離脱を決めた英国の例のように、軽々しく国民投票などを国政に利用されるようなことがあってはならない。

・本書後半は帰国後の日本と皇室の推移にページが割かれている。「国民に開かれつつある皇室」から「現人神」への急展開の件は悲しくもある。

・1930年のロンドン軍縮会議に際して、昭和天皇自ら軍備縮減を容認する言葉「世界平和のため早く纏める様努力せよ」(p256)は印象的である。

20世紀初頭の日英同盟、太平洋戦争後の「新しい」日米関係。それらの政治的効果は計り知れないし、多国間協調ではなく、日本政治においての二国間大国同盟の重要さが時代を超えて通底しているといえる。
歴史にifはないといわれるが、大正10年代、あるいは昭和初期に裕仁皇太子/昭和天皇の訪米が実現していたら、世界史はまるで別のものになっていただろうに(p66,80)。とても残念でならない。

裕仁皇太子 ヨーロッパ外遊記
著者:波多野勝、草思社・2012年6月発行
2016年9月2日読了

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