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2016年12月11日 (日)

大英帝国はミュージック・ホールから 井野瀬久美惠 [読書記]

19世紀中葉から20世紀初頭まで花開いたミュージック・ホール。娯楽の殿堂としての栄枯盛衰を多彩なエピソードを交えて解説するとともに、そのメディア媒体としての大きな特徴、すなわち国民の大多数を占める労働者階級と"世界中の帝国臣民"に"帝国意識"を根付かせる過程を考察する。
・ミュージック・ホールを端的に表すと「短い演じ物をたくさんパックしたヴァラエティを酒とともに楽しませる」(p354)場所となる。

産業革命の精華と帝国主義的発展による経済的余裕は下層民にも行き渡り、フランス、ドイツのような政治革命はイギリスには起こらなかった。庶民の目は娯楽へと向く。19世紀後半、労働者の生活環境レベルは向上し、1930年代のような悲惨な情景こそ撲滅されないまでも、週末の余暇を楽しむ余裕が生まれた。
・イギリス労働者は、革命よりもミュージック・ホールを選んだ(p193)。
・工場で働く女性にとっても、ミュージック・ホール通いは"アフターファイブの最大の楽しみ"となった。
・上層中間階級と熟練労働者に挟まれ、階級階層的危機意識を持った下層中間階級も、気晴らしのために足しげくミュージック・ホールへ通う。
・18世紀のパブの片隅から発展し、飲酒と唄を売り物にしてきたミュージック・ホールも、レスペクタビリティを求めるヴィクトリア朝の軛から逃れられない。労働者の嗜好とミュージック・ホールの許認可権限を有する中産階級の価値観とのバランス取りに経営者は苦悩する。

ライオン・ソング、都会の"洒落者"を唄う1870年代から、ジンゴ・ソングの1890年代へ。グラス片手にロシアをけなし、イギリス愛国主義を語るは、さぞ気持ちよかっただろう。
・ミュージック・ホールの演しものこそ、政治演説よりも集会よりも労働者に反ロシア感情をあおる効果があった(p211)。
・「バイ、ジンゴ!」コーラスに加わることによる仲間意識は、歌詞と酒と場の雰囲気によって、一気に愛国的な感情へと変わる。政治もジンゴイズムを利用し、お国意識を吹聴する。それは、ナショナリズムへの昇華となる。
・ジンゴイズムは強烈な仲間意識を持つ一方、犠牲者を必要とする。すなわち仲間に加わらない自国の「臆病者」は徹底的にけなした。
・ミュージック・ホールにおける大英帝国。イギリスに住む自分たちが植民地を保護し、それを植民地もありがたがっているという解釈こそ、彼らのすべてであった(p248)。
・大英帝国の絆。イギリスの危機に際してはインドなどの植民地連合体が必ず駆けつけてくれるというおめでたい意識(p246)。どこか、現在の日米同盟をなんとなくあてにする日本人の姿に重なってみえる。

だがジンゴイズムの威勢の良さ=虚勢は、実際にボーア戦争が始まると一気に終息する。徴兵制の始まり「臆病者は隠れていろ」などの勇ましい歌詞は、徴兵逃れの嘆願の唄に変わる。帝国防衛戦争が彼らの目に触れない遠い出来事であるからこそ、煽ることができた(p326)――昨今の日本の一部の雑誌でも喧しい、ジンゴイズムの本質がここに表れる。

・個人的には、ラドヤード・キップリングの慧眼、すなわちミュージック・ホールの帝国に果たす役割を見抜く下りが嬉しい(p234)。
・ダイヤモンド・ジュビリーの行進の様子がp259に詳しい。さぞ壮観だったんだろうな。

帝国意識とは"お国意識"の拡大版であって、国際性とは異なるものである。ゆえに20世紀に入ると、イギリス的かつ大英帝国的性格を有するミュージックホールは、ハリウッド発の国際的娯楽、すなわち、映画に駆逐されてゆく。その姿は普遍的かつ、運命的だったといえよう。

大英帝国はミュージック・ホールから
著者:井野瀬久美惠、朝日新聞社・1990年2月発行
2016年12月7日読了

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