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2017年6月24日 (土)

20世紀イギリス短篇選(上) [読書記]

人生のある瞬間。それが晴れ舞台なら喜ばしいが、慟哭の側面かもしれず、平凡な退屈もある。どれも色と音の付いた記憶となり、彼あるいは彼女の未来へとつながってゆく。優れた短篇には、そんな一局面を切り取った面白さが込められている。


個人的にはウドハウスの『The Man Upatairs 上の部屋の男』(1936年)を推したい。
自由主義と階級制度に裏打ちされた英国独特のユーモア感覚を知るには原著を理解する必要があるらしいが、その一端が垣間見えるような作品だ。
「誰だってみんな必死でがんばりながら努力しているのに、……」(p95)気に入らない人物をやり込めたアネットの後悔に満ちた心情吐露は切なく、それだからこそ、その後のエピソードにあるヒト付き合いの困難さは、やるせない。
終盤に電話と手紙で明らかになる「とてつもないこと」。それこそが、英国流の愛情にあふれた宏大なユーモアということだ。


ラドヤード・キップリングの『At the End of the Passage 船路の果て』は力作。首都シムラから遠く離れ、気温40℃の中に土埃が舞い上がる辺境に働く鉄道技術者。週に一度、自宅に三人の友人が集い、ゲームに興じるのが唯一の慰めの日々。現地藩王に対峙する高等文官、コレラ治療に奮闘する鉄道会社の勤務医、インド政府測量部の技術者の会話の中に、インド統治の実態が語られる。
鉄道技術者の"仕事への献身"ぶりは、80年代の日本の24時間闘うビジネスマンを想起させるし、ストレスが心身を蝕む様子は他人事ではない。同僚を気遣っての過労、不眠症、幻覚の果てに待つものは何か。
本作に示される白人の責務と犠牲は、"植民地でふんぞり返るイギリス人と、支配されて悲惨なインド人"のイメージを吹き消す存在でもある。日本を含む過去の植民地政策の別の側面として、これはもっと語られても良いだろう。


『A Painful Case 痛ましい事件』はジェイムズ・ジョイスのダブリンが舞台となる。単調な人生に慣れ切った中年銀行員と人妻のささやかな恋心。触れ合う瞬間を恐れ、男は人妻を捨て、そして……。
「闇の中だと彼女がそばにいるような気がした」(p136)
4年後の「痛ましい事件」により再確認される男の孤独意識こそ、真に痛ましい。


ベイツの『The Simple Life 単純な生活』も印象深い一篇だ。うんざりする別荘生活に突如現れた若い男子。雪解けの楽しさ。夫に隠れての火遊びのつもりが……。「海から吹いてくる肌を刺すような冷たい風に」本当に「ざわざわとなびいていた」(p300)のは、彼女ではなく、夫の心だったわけか。。。

磨き上げられた12種類の宝石をかいつまんで手に取り、その特徴に触れて楽しむような読書感覚を味わえた。

20世紀イギリス短篇選(上)
編訳者:小野寺健、岩波書店・1987年7月発行
2017年6月20日読了

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