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2017年8月19日 (土)

無差別テロ 金惠京 [読書記]

法の外にある集団、あるいは国家の支援によるテロリズムをどう規制し、対処するべきなのか。
20世紀のテロリズムはわかりやすかった。政治的要求によるハイジャック、シージャック、企業を狙った爆弾テロ等に対し、国際社会は都度、対抗策を練ってきたし、いまでは主要先進国でその種のテロの発生する確率は格段に低いものとなっている。
無差別テロ。21世紀初頭の911同時多発テロを含め、2015年のパリ同時多発テロに至るまで、一般市民を狙う卑怯な国際的犯罪は規模を増すばかりである。

本書は、「国際社会は何を基盤として、テロに対処すべきかの岐路に立っている」(p195)として、安易に国家暴力=軍事力に頼ることなく、これまで人類が積み重ねて来た人道・人権の理念を踏まえつつ、知性と規範(p189)を持ち、国際法を整備して無差別テロに対処するべきであることを示す。

・いったい、テロリズムとは何であろうか。平時における無差別殺人(p43)。政治的目的追求のための、一般市民へ恐怖心と心理的衝撃(p163)を与える手段……。恐怖をもって対象となり組織や政府の方針を変えること(p6)。では、国際的な定義はどうか。著者はテロ資金供与防止条約の第二条第一項が近いとする。長いがここに引用しよう。「文民又はその他の者であって武力紛争の状況における敵対行為に直接に参加しないものの死又は身体の重大な障害を引き起こすことを意図する他の行為。ただし、当該行為の目的が、その性質上又は状況上、住民を威嚇し又は何らかの行為を行うこと若しくは行わないことを政府若しくは国際機関に対して強要すること」(p148)とある。要するに、軍隊が関与せず、刑法犯罪に含まれない政治性を持つ暴力行為(p178)ってことか。

・原発テロ(一部の電気系統に故障を起こさせるだけで良い)、サイバーテロ(技術のイタチごっこ)、バイオテロ・化学テロ。すぐに起こり得る、これらのテロに対し、会議を開く余裕はない。法体制も追いついておらず、現場レベルの判断が重要であると著者は説く(p20)。とすると、非常時の権限の委譲をどうするのか、平常時から決めておかないといけないな。

・オウム真理教(オウムの会、オウム神仙の会)。国内では特異な宗教団体とされがちだが、国際的にはアルカイダなどと同様、多数の高学歴保持者を擁する、政治的意図の高いテロリズム集団として捉えられている(p37)。

・無差別テロは悪であるが、それへの対応は必ずしも善ではない。暴力の連鎖は次なる悲劇を生み、被害者は決まって無辜の市民である。犠牲者の補償をどうするのかも重要であるが、日本では被害者はメディアや政治に利用される面が大きく、欧米に比べて十分な補償が行われていないことが示される(p49、第2章)。

・オサマ・ビンラディン殺害のニュースは衝撃的だった。だが主権国家パキスタンの国土に無断で特殊部隊を送り込み、事後にパキスタン政府へ通達するなど、米国の行動は超法規的であったとされる。「テロ対策」を名目に軍事大国のどんな行動も許容される世界が出現しつつある。法の支配を基盤とする民主主義への打撃(p85)である。

第5章「テロの定義確立を目指す国際社会」が秀逸。1996年にインドより国連総会に提起された「国際テロリズムに関する包括的条約案」は、締結されれば素晴らしい効果を発揮するであろうが、その実現には困難を伴うことが解説される。条約の適用範囲、国家テロと国家支援テロの扱い、民族解放闘争とテロとの相違政治犯の扱いについて先進国と主にイスラム諸国の意見対立が影を落とすが、何より「テロの定義」に関する議論が重要とされている。著者が繰り返し主張するように、なるほど、これを規定しないと、これまでのように「法の継ぎ足し」の繰り返しとなってしまう。
民族解放闘争とテロリズムの区別についても本書p158~161に明記される。権力側による恣意的なテロの定義を防ぐためにも、包括法の成立が望まれる。
ゲリラ(交戦権が認められている)との類似性と本質的な差異も参考になった(p163)。

ただ、本書では国家テロを包括的なテロ対策の範囲から外すことを示しているが、北朝鮮、ロシアの関与が取りざたされている大規模なサイバー攻撃、中共によるウイグル族・チベット族の無差別殺戮、ロシア政府の関与が疑われる核物質による元情報工作員の殺害といった事案こそ、広範囲の無差別テロに含まれると思う。
その意味で、人権条約と絡めての法案の議論が望ましいと、素人的に考える。

無差別テロ 国際社会はどう対処すればよいか
著者:金惠京、岩波書店・2016年1月発行
2017年8月19日読了

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