2017年11月14日 (火)

阿Q正伝、藤野先生 魯迅 [読書記]

辛亥革命による混乱と嵐、それでも人々の日常は変わらず、緩慢な変化と「希望」だけが人の意識を変えてゆく。
いまもって中華世界を代表する巨人作家、魯迅の13の中短篇を収録。

『故郷』
数十年ぶりの帰郷。実家の雇い人の息子であり、幼いころからの旧友との再会は、しかし、過酷な現実となって主人公を打ちのめす。
「いまわたしが希望といっているものも、わたしが自分の手でつくった偶像ではなかろうか」(p79)
いまなお古い制度・しきたりに縛られる中華民国。その緩い歩みを叱咤するは、魯迅その人なのだろう。彼は民族の希望を携えている。
「歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」
個人的に最も気に入った一篇。

『阿Q正伝』
大胆にして卑怯、自由な夢想家であり、その日暮らしを所与のものとして時を過ごす三十男、阿Queiを中心に、村の衆人、有力者、女の織りなす中国式世界が展開される。
清朝末期・革命さなかの民衆の卑しさが存分に披露され、阿Qもその一人である。末期にあっても情けない態度しか取れない主人公の姿をもって、著者は民衆の啓蒙を試みようとしたのだろうか。

『祝福』
古いしきたりの農村。姑に縛られた嫁の哀しいさだめ。薄幸の女性の運命を想うとき、主人公の胸に去来するは、やるせなさか、虚しさか。印象深い短篇だ。

他に『狂人日記』『孔乙己』『薬』『髪の話』『小さな事件』『家鴨の喜劇』『酒楼にて』『孤独者』『離縁』『藤野先生』を収録。

阿Q正伝、藤野先生
著者:魯迅、駒田信二(訳)、講談社・1998年5月発行
2017年11月13日読了

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2017年10月31日 (火)

たゆたえども沈まず 原田マハ  [読書記]

万博を機にパリへ渡り、日本美術の紹介と販売を手掛けて来た林忠正。日本に恋い焦がれた孤高のオランダ人画家、ゴッホ。本書は、忠正の直弟子である重吉とゴッホの弟テオドルスの出会いと友情を縦軸に、ゴッホ兄弟の愛憎、日本人二人の絆を盛り込みつつ、1880年代後半のパリ後期印象派の躍動が、まるでセーヌ川の流れのように描かれる。
オランダ人のフィンセントとテオドルス、日本人の忠正と重吉。この二組のパリでの幸運な出会いは、浮世絵と印象派を新たなステージへと押し上げる。
広重・歌麿・北斎の浮世絵が、ゴッホ兄弟とその作品が、身近に感じられるようになる一冊。

・フランス芸術アカデミーの巨匠、ジャン=レオン・ジェローム、筋金入りのジャポニザンである小説家、エドモン・ド・ゴンクール、若き画家の"パトロン"にして画材商のタンギー爺さん、ガシェ医師、そして、ポール・ゴーギャン。まるで彼らがそこに存在するかのような活き活きとした会話も、本書の愉しみのひとつだ。

・オペラ・ガルニエ宮、カフェ・ド・ラ・ペ、コメディ・フランセーズ劇場、オテル・デュ・ルーブル、建築中のエッフェル塔。現在のパリでもお目にかかれる建物の登場も嬉しい。

・世紀末パリのジャポニスム旋風に乗り、日本美術工芸品を広く紹介した仕掛け人、林忠正。彼もまた孤高の人生を歩む人だ。だから、ゴッホ兄弟を理解できたんだろう。

・「イギリスには、パリがない」(p29) 凛として横顔に風を受け、未来を見据えて輝く瞳。忠正と重吉の出会いはすがすがしく、パリへの想いは熱く語られる。向上心に溢れた日本青年の姿は素晴らしい。

・『タンギー爺さん』制作の現場。背景に据えられた六点の浮世絵。それらを貸し出しながら、決してアトリエに足を踏み入れず、ショーウィンドウ越しに見護る忠正と重吉。良いなぁ(p188)。

・まったく新しい絵画。「絵の具が叫び、涙し、歌っている」(p202)のがゴッホの表現であり、観るものに、どっと押し寄せる「色彩の奔流」(p172)を感じさせずにはいられない。このあたり、著者の表現は見事だ。

天空の下、滔々とセーヌは流れる。FLUCTUAT NEC MERGITUR―― たゆたいはしても、流されることなく、沈まない。フィンセント・ファン・ゴッホが本当に描きたかったものがテオと重吉に明かされるのは、アルルでの「耳切り事件」の翌日のことだ(p315)。

そして「とうとう……成し遂げたんだな」と忠正に言わせた『星月夜』を前に、フィンセントとテオドルス、日本人の忠正と重吉がたたずむシーンは感動的だ(p360)。

たったひとつ、弟のためにしてやれること……(p387)。それが答えだったとしたら、あまりにも、あまりにも哀しい。

読後の余韻に浸りつつ、装丁を眺める。物語の鍵となる『星月夜』と『大はしあたけの夕立』があしらわれ、実に良い。カバーを外すと、よれよれの中折れ棒と、山高帽が現われる。うん、兄弟の運命と名声に叶う、粋な計らいだ。
アムステルダムのゴッホ美術館に行きたくなってきたぞ。

FLUCTUAT NEC MERGITUR
たゆたえども沈まず
著者:原田マハ、幻冬舎・2017年10月発行
2017年10月31日読了

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2017年10月28日 (土)

オペレーションZ 真山仁 [読書記]

未来の世代のために「いま」われわれがなすべきことは何か。
何度も噂されては政府・財務省の敏腕によって事なきを得てきた国債危機。だが担い手が多様化したことで、従来の回避策は通用しなくなってきている。いまや1000兆円を超える国債のデフォルト、すなわち日本の破滅を防ぐため、総理大臣直轄のImpossible Mission Force、オペレーションZが創設された。
本書は、デフォルトに陥った日本の惨状を描く大物小説家の作品「デフォルトピア」の片鱗を覗かせつつ、財務省の若きキャリアの歳出半減ミッションを中軸に、「あるべき国家観」を深く考えさせてくれる内容となっている。

・第四章、チームOZと厚生労働省との第一回折衝は胸に重くのしかかる。「年金、医療、介護保険給付費をゼロ」(p136)にする。日本を破滅から救う財政健全化のために、国民皆医療制度を犠牲にする――。これを本気でやれと明言する総理大臣の決意は良いが、国民の命を預かる厚生省の反論は正当だ。「生活保護を除く社会保障関係費ゼロとなった場合、想定される事態」(p152)何をもって正しいと判断しうるのか。そも、崖っぷちに立たされると、正しさの定義すら怪しくなってくるのか。

・ワーキングプア、増加する下流老人、疲弊する地方経済、これらをすべて「切り捨て」る決断。日本は民主国家ではない。大蔵貴族と揶揄される高級官僚の思いは正鵠を得ている。

・アルゼンチンや韓国のような小国へのIMFの介入の例はあるものの、これでは世界第三位の経済大国、日本は救えないのか。

・第六章は市町村「地方自治体の存在意義」を真正面から問う。著者の見解は明快だ。無駄な地方公務員の存在、行政のきれいごと、すべてを御破算にすべし。ところで、無神経かつ失礼千万な准教授、宮城のキャラクターは気に入ったぞ。

・第八章、もはや「おそロシア」としか言いようがない。インテリジェンス・スキルの圧倒的な格差。こうやって日本の国益は損なわれてゆくんだな……。

・日本国民の選択。最終章は勇気に彩られつつも、哀しい予感に溢れている。そして心地好いぬるま湯は、エピローグが吹き飛ばしてくれる。

「社会の中で、困った人を可視化するために必要なのは、金でもITでもない。近所や学校、企業内でのコミュニケーションじゃないのか」(p355) 周防の言葉はまったく正しい。仮に国家窮乏の事態に陥ったとしても、近隣との助け合い精神があれば、何とか生きて行ける……と僕も思っていた。

この日本を何とかしなければ、との著者の思いが紙面から強く伝わってくる。
カネがなくなると何が起こるのか。「Z」の意味を知る時、行動しないのは罪だと理解し、書を閉じた。

オペレーションZ
著者:真山仁、新潮社・2017年10月発行
2017年10月28日読了
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2017年10月24日 (火)

ソーネチカ リュドラ・ウリツカヤ [読書記]

読書後の静かな余韻。それは女主人公ソーニャの平凡な一生を彩る重厚な物語によるものだ。ペレストロイカ以前のソビエト時代の空気、第二次世界大戦、変わり者の友人たち、そして、世にも希な家族愛のかたち……。

・本の虫の少女時代から電撃的な結婚、愛娘ターニャを囲む芸術家の夫との貧しくも幸せな生活、成長した娘との確執までは穏やか。娘の友人で美女であるヤーシャの登場により、幸せに変節が訪れる。

・家族愛の変節。それでもすべてを受け入れるソーニャの懐の深さはロシア的というものか。

・「光を放つような声」(p20)、「宇宙の星がみな、興味津々といったふうに目を輝かせて」(p91)の表現が気に入った。

・終盤、夫の葬儀を「はじめての個展」に仕立てるソーニャの決断と行動力は印象的で、羨ましくもある(p127)。

ところどころに見出される洗練された表現は、実に心地よい。ロシア文学の愉しみを味わえた。

Сонечка / SONECHIKA
ソーネチカ
著者:Ludmila Ulitskaya、沼野恭子(訳)、新潮社・2002年12月発行
2017年10月24日読了
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2017年10月22日 (日)

海の上の世界地図 和田博文 [読書記]

旅に何を求めるかによって、その見聞と体験から得た心象は人によって異なり、それぞれの世界認識が形成される。ただ、明治、大正、戦前昭和のP&Oあるいは日本郵船の欧州航路を巡る旅では、西欧近代に追いつこうとする意識が強力に作用していたであろうことは想像に難くない。
本書は豊富な図版、写真、地図とともに、著名人から一般人まで、帝国興隆期に欧州航路を旅した先人たちの物語をふんだんに盛り込み、刺激的な読書の楽しみを十二分に提供してくれる一冊となっている。

・日本人が憧れの地へと向かう欧州航路。それは転じれば、列強によるアジア進出の足跡であり、その寄港地は植民地の主要都市または租借地である。あらためて地球儀を俯瞰すると、20世紀初頭の大英手国のアジア航路と寄港地の規模と、その統治の巧みさには驚嘆させられる。

・「他者性を鏡とすることで、そこに映し出される自己の姿が、心象地図にはクローズアップされてくる」、欧州航路を辿ることで、その船客はいやおうなく、極東の新興帝国である日本、その自意識を強く認識するに至る(p16)。非日常の異文化に触れながら、他者と自分を考えること、そこに旅の意味があることは現代でも変わらない。

・青年層の行動力には舌を巻く。欧州の大衆社会を見んとして外国船に乗り込み、結果的にアジアの下層社会の現実を目の当たりにしたのは、なんと広島の一農民である。

個人的には第五章「一九二〇年代に到来するツーリズムの季節」が興味深かった。欧州航路乗船客のために日本郵船が発行した各種ガイドブック、初めての船旅での、まるで弥次喜多珍道中のような面白エピソード、日本郵船を好んで乗る西洋人の趣向、日本郵船独特のデッキパッセンジャー、和辻哲郎、南部兄弟商会、等々。現代観光旅行と重なるものがあるな。

様々な文化圏との差異や落差を体験しながら、時間をかけてその意味を反芻すること(p279)。飛行機での移動が主流となった現在では失われて久しい旅の"重み"を追体験できた。

海の上の世界地図 欧州航路紀行史
著者:和田博文、岩波書店・2016年1月発行
2017年7月9日読了
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2017年10月21日 (土)

流 東山彰良 [読書記]

国民党による恐怖支配、大陸渡来の外省人と土着の本省人の確執、台湾の闇社会。1970年代の中華民国を舞台に、秋生の青春が流れてゆく。
殺害された祖父。殴り合いと刀定規を交わす喧嘩、親友のファイアーバード、そして文化人類学的多様性という観点から見ても括目に値する(p130)A片(笑)。序盤は、不思議な「狐火」を交えた物語にぐいぐいと引き込まれる。

・二十年前の切符……(p164)。『彼女なりのメッセージ』の章がおもしろ哀しく、秀逸だ。

・『恋も二度目なら』の「じゃ、あたし、お嫁にいっちゃうね」 毛毛の言葉の深い意味。そのニュアンスを本当に理解した瞬間の、秋生の咆哮には泣けた(p402)。

・意を決しての大陸行。国民党と共産党の内戦の歴史と絡まりあいながら、砂の地で一族と「兄弟分」の運命を、そして祖父殺害の真相を秋生は知るのだ

時代は流れる。大地は動く。魂は躍動せねばならない。エピローグの「わたしの心は、そうやって慰められる」(p486)の件には、ああ、人のありかたを思わずにはいられない。

重いテーマをユーモアとペーソスで煮詰めた傑作。直木賞受賞もさもありなん。


著者:東山彰良、講談社・2017年7月発行
2017年10月21日読了
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2017年10月15日 (日)

ヌメロ・ゼロ ウンベルト・エーコ [読書記]

2016年2月に永眠した現代イタリアの知の巨人、ウンベルト・エーコ。彼の遺した最後の小説は、あるメディア王の権力拡大のために画策された日刊紙「ヌメロ・ゼロ」の発行準備に追われる編集部と、戦後イタリアの陰謀史を交差させ、厳正に生きる者に「記憶すること」の意義を問いかける。

・新聞準備号の編集部を舞台に、読者の意図を汲んだ表現手法、告発者の信憑性を落とし方、取材者との取引、ターゲットとする人物の貶め方など、メディアの「空恐ろしい情報操作のテクニック」の数々が披露される。こんなものを日々われわれは読まされているわけか。

・50男の主人公が見出した、30歳の女記者との幸せな日々。だが、ムッソリーニ生存説、バチカン銀行、ローマ法王暗殺事件、情報機関「グラディオ」など、戦後イタリア史の闇の部分を追究する一記者が殺害されると、事態は急変する。

・著者は記憶を失うこと、無関心になることに警鐘を鳴らす。「Xという事件も情報の大海におぼれてしまうわけだ」(p156)、「でも、私も忘れていたのよ。新しい暴露があるたび前の暴露が消されてしまうかのように。全部引っぱり出すだけでよかったのよ」(p193)

・主人公を含む新聞編集部と影の出資者以外、すべての関係者が実名で登場する。影の出資者ですら、ベルルスコーニ大統領のことを想起させてくれる。どこまでがリアルでどこからがエーコの生んだ世界なのか、あるいは想像とは現実世界と紙一重であるのだろうか。

「世界そのものが悪夢なんだよ」(p197)、情報操作の現実的恐ろしさは、ある日を境に突如報道されなくなる官僚関係の微妙なニュースや、Google検索から削除される事件の痕跡など、われわれ日本人にとっても無縁ではない。
濁世の中で生き抜くこと。第四の権力者であるメディア報道の真の意図を見抜き、自己を護るためにも、確固としたリテラシーだけでなく、個人なりの哲学が必要ってことだな。

NUMERO ZERO
ヌメロ・ゼロ
著者:Eco UMBERTO、中山エツコ(訳)、河出書房新社・2016年9月発行
2017年10月15日読了
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2017年10月13日 (金)

海外観光旅行の誕生 有山輝雄 [読書記]

世界旅行の創始者といえばトマス・クック社が思い浮かぶが、日本ではどうだったのか。日露戦争後、まだジャパン・トラベル・ビューローが創設される前の1906年に、満洲韓国周遊旅行と初の世界一周旅行を企画・催行したのが朝日新聞社であった。本書は、そのメディア側の事情と歴史的・社会的背景、新興帝国としての日本人の心理を明らかにする。

・イベントとしての観光旅行は新聞記事のネタとなり、世間の話題となり、ひいては新聞の広告収入や発行部数のアップにつながる。その流れが現在まで続いているんだな。

・最初の満州・観光国旅行において、観光客は何を見たのか。それは日清・日露戦争の戦跡であり、その土地の風習・歴史にはほとんど無関心な旅、すなわち自己の形成した枠組みの中での旅行となった(p85)。自分の2017年9月の大連・旅順旅行がまさにそうであり、この枠組みは日本人の枷でもあるな。

・西欧と北米を対象とする1908年の日本初の世界一周は、帝国を代表(p109)しての旅行であり、「同じ」文明国としての矜持を求められた。服装、言葉遣い、立ち居振る舞い……「見られる」ことを意識しての毎日は窮屈だったかもしれない。

・日露戦争後の帝国意識が、最初の海外観光旅行を生み出す契機となった(p47)。欧米帝国主義国では、世界旅行はみな、最初から「見下ろす観光旅行」であった。一方、日本の場合は異なる。従属国、植民地を傘下に収める帝国になったという意識(p45)、1900年代後半の高揚感。それは「見られる」自己、特に先進帝国主義国家である欧米諸国に対する劣等意識と、未開の国々に対する優越意識が混交する。その屈折した感情が世界旅行での訪問先や、訪日観光団を迎えての演出に反映される。

・良く知っているものの発見がツーリズム、良く知られていないものの発見がトラベル、知られていないものの発見が冒険か(p9)。その意味で、今日の観光旅行は、秘境でさえあっても観光旅行者が主催するものは、過大な広告宣伝によってみなツーリズムになる。個人旅行はトラベルよりと言えるな。

1910年、ロンドンで開催された日英博覧会の訪問を目的に募集された第二回世界一周旅行では、参加者による自主的なアレンジが加えられ、結局は第一回と変わらない旅程となる。主催者の目的と参加者の意思のずれが、参加者の世界一周旅行に求めるものを露わにする。できるだけ多くのものを観たい、知りたいという欲求。「未知未見の異郷に遊ぶ快楽」(p187)これはわかる気がするなぁ。


海外観光旅行の誕生
著者:有山輝雄、吉川弘文館・2002年1月発行
2017年10月7日読了
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2017年10月 1日 (日)

世界一周の誕生 園田英弘 [読書記]

アメリカ東海岸を極西、東アジアを極東とする平面の「世界」から、丸い「地球」へ。本書は、人々の世界観が実質的に変化した19世紀の半ばに焦点を当て、グローバリズムの軌跡とコミュニケーションの変容のプロセスを、鉄道、蒸気船、電信に着目して描写する。

・イギリスによるインド航路・東アジア航路の開設(p80)、アメリカによる大陸横断鉄道+太平洋航路の開発と、これに対抗するカナダ=イギリスの構図(p184)が面白い。結局は英米によって地球の丸さが現実のものとされたことになる。それにしても、イギリスのカリフォルニア領有、あるいはアメリカによるカナダの併合が実現していたら、いまごろの世界はどうなってただろうか。興味深い。

・長崎の石炭がここまで重宝されたとは知らなかった。

・1860年代のアメリカ人コフィン氏の西回りの世界一周の旅は興味深い。瀬戸内海の絶景はこのころから世界的な観光名所になっていたんだな(p134)。

グローバル化において、世界の共通のシステムと異質の文化が、とり少ないコンフリクトで折り合える調和点を模索する必要性(p213)は、その通り。
それにしても『米欧回覧実記』の事実上の著者、久米邦武のリアリストぶりには舌を巻く。世界的な変遷期、すなわち「地球の縮小化」(p17)の余波の中で生じたのが幕末・明治維新期の日本史であることが明確となり、興味深く書を閉じることができた。

世界一周の誕生 グローバリズムの起源
著者:園田英弘、文藝春秋・2003年7月発行
2017年9月30日読了

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2017年9月20日 (水)

世界を旅した女性たち D・ミドルトン [読書記]

淑女は家でおとなしくしていることが美徳とされた時代に、世界の辺境へと勇敢に旅立った7名の女性の軌跡を活写する。

■イザベラ・バード・ビショップ
日本でも著名なヴィクトリアン・レディ・トラベラー。1880年代からカメラを持ち歩き、ペルシャや中国の奥地・揚子江上流地域の写真を残したアグレッシブな女性だ。
ロング・スカートを翻して、コルセットを締め、どのような辺鄙な土地を行くにも「英国レディの装い」を忘れない彼女の気概には感動すら覚える。だが、蝦夷地でのアイヌとの心温まる交流が、彼女の帰国後の講演では"未開の野蛮人との接触"となるあたり、現代のグローバリズムとは一線を画す時代認識の差=帝国意識の顕現がみられるな。
・42歳にしてロッキー山脈の冒険を果たしたバード。男のように馬にまたがり山を駆け、バンガローに泊まり、ウエスタンの荒くれ男たちと邂逅し、「友情と愛をへだてる微妙な、そして喜びに満ちた境界」(p72)に足を踏み入れ、嵐のような熱情さえも超越した思いで、北アメリカの分水嶺に立つ。ダイナミックだ。
・彼女には立派な『日本奥地紀行』があるというのに、本書では日本に関する記述が極端に少ない。また1894年の日清戦争を指して「ソウルに日本軍が侵略してきた」(p123)とあるのはどうなのか。
・晩年のカシミール行。そしてバグダッド、テヘラン、イスファファンへの旅はエネルギッシュな功績だ。

■ファニー・バロック・ワークマン
ロングドレスに身を包み、頭には豪華な花飾りのハットではなく、探検家の被るトビー帽。このユニークなスタイルで自転車に乗り、19世紀末のインドと北アフリカを疾走したアメリカ人女性がいたという。
・アジャンタ、エローラ、タージ・マハル。インドの巨大建築物を写真に撮り、記録し、評価する喜び。そしてカシミール地方ではスリナガルからラダックを抜けてカラコルム峠に達する力量。想像するだけでも満足感の高い旅だっただろう。
・1899年のスルナガル。彼女の記録にこうある。「毎年、雪解けのたびに古代からの作品を自然が新たによみがえらせる。……昔のカシミールのデザイナーの東洋的な想像力をもって見るべきなのだ」(p208) 僕も2007年に訪れたことがあるのでよくわかるぞ。
・1911年にはシアチェン氷河を探検し、専門的な地図の作製に貢献するなど、最大の成功を収める。カラコルム山脈で『女性に参政権を』のプラカードを掲げて写真に納まる姿はファニーだ(p222)。

■メアリ・キングズリ
著名な家族と医師を父に持つレディ・トラベラー、メアリ・キングズリ。帝国主義の先兵である軍人や宣教師ですら未踏の西アフリカの奥地へ足を踏み入れ、学術的にも重要な役割を果たし、その旅行記『西アフリカの旅』で著名人となった女性だ。
・厚いロングスカート、ハイネックのブラウス、頭にはボンネットのスタイルでジャングルを歩き、大河をカヌーで上る。この「良質の分厚い生地のスカート」が、獣捕獲用の杭穴に落下した際に一命をとりとめる要因となるのだから、何が幸いするかわからない(p392)。
・4人のアジュンバ族と共にカヌーでランブエ川を溯り、人食い族として恐れられたファン族の村を訪れ、現地の粗末な小屋に熟睡する。異臭に気づき「頭の上からぶら下がっている袋」の中身を自分の帽子の中に開けると、「足のつま先と目と耳が数個」……(p394)。知的好奇心がすべての感情に打ち克つことを実証する彼女には、部族民も敬意を隠さない。
・危険と困難がもはや挑戦ではなく、一種の中毒(p412)となる。これは冒険者の宿命なのだろうか。
・イギリスにもどってからの彼女は学会で活躍した後、ボーア戦争に看護師として従軍する。戦地で腸チフスにかかって37歳でこの世を去り、水葬されたとある。太く、満足度の高い人生だったろう。

東アフリカを旅したメイ・フレンチ・シェルドンが出立の際に、チャリング・クロス駅である男性から贈られた言葉が印象に残った(235)。
「たとえどんな犠牲を払わねばならないにしても、その仕事にのめりこまないかぎり、何もなしとげられない」
「一生懸命やって失敗しても、それでおしまいになるわけではない」
ん、勇気づけられたぞ。


Victorian Lady Travellers
世界を旅した女性たち ヴィクトリア朝レディ・トラベラー物語
著者:Dorothy MIDDLETON、佐藤知津子(訳)、八坂書房・2002年10月発行
2017年9月15日読了

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