2017年4月23日 (日)

イギリス帝国と帝国主義 [読書記]

その昔、毎日新聞社の週間エコノミスト2008年5月13日号の記事「学者が斬る 南部スーダンの復興に学ぶ」を興味深く読んだ。ダルフール問題とは別に、2001年に長い内戦を抜けて包括平和に至った南スーダンの復興の様子がレポートされ、日本をはじめ国連加盟国による復興援助とPKO活動が行われる地で、世界中どこでもガメツク商売する中国人だけでなく、ウガンダとケニアの商売人のエネルギッシュな姿が書かれていた。漠然と「隣国だから」と思ったが、かつての「大英帝国仲間」であることを知り、目から鱗が落ちた。

さて、大英帝国に関する歴史書はあまた存在するが、本書は、現代の先進工業国に住む我々の顕在的、かつ、潜在的な「帝国意識」に焦点を当てる。

・帝国と帝国主義に関する明確な定義はありがたい。「帝国とは、広大な支配領域のなかに多様な民族集団などを含み、しばしばその支配圏を拡大しようとする政治体である」(p10)「帝国体制が、国民国家という新たな形をとってきた複数の『中心』によって同時に推進されて世界を覆うという帝国主義の時代を経て、現代の世界は生まれてきたのである」(p19)

・イラク戦争後に盛り上がったアメリカ帝国論に関する著者の立場は明快だ(p25,28)。現代世界に帝国の概念は当てはまらない。アメリカは帝国に非ず、それはグローバルな世界強国であり、他の国民国家の対外政策に影響を及ぼし得る唯一のヘゲモニー国家である。

・帝国意識とは何か。それは肌の色に代表される「民族・人種差別意識」、他国支配を当然視する「大国主義的ナショナリズム」を軸とするものであり、帝国を意識することで「イギリス人意識」を強めていったといえよう(p55)。「民族・人種差別意識」は第二次世界大戦を経て弛緩したとはいえ、1997年の世論調査においても30%ものイギリス人の若者が「白人と他人種は平等ではない」との意識を抱いていることには驚愕させられた(p69)。そして帝国の変節であるコモンウェルスの盟主であり続けるイギリスにとって、2016年の「EU脱退」投票の結果は当然のことであったのかもしれない。「大国主義的ナショナリズム」は健在なり。
・日本の場合も対アジアに関して同様であるとともに、「一等国」の地位を経てナショナル・アイデンティティを強化していったことがわかる。そして帝国主義時代のイギリスの「帝国教育」が、現代日本の「愛国教育」に通底するものがあるように思えてならない(p66)。
・王室の安定と国民の帝国意識の拡大とがともに支えあう構図(p82)。それは1887年のゴールデン・ジュビリー、1897年のダイヤモンド・ジュビリーの時代に最高潮を迎える。帝国主義を鼓舞する新聞『デイリー・メール』の記事は、イギリス大衆の優越感に心地よく響いたことだろう(p90)。

・本書ではしばしば、英国のインド統治と日本の朝鮮統治が比較される。インド独立時の識字率はなんと15%、就学児童の割合は35%でしかなかったのに対し、1944年の朝鮮の就学児童の割合は71%(p125)。インド人少数エリートの育成に力を入れた英帝国と、初等教育に力点を置いた日本帝國の差異はあれど、いずれも、植民地支配体制に順化させてゆく手段であった。
・英帝国と日本帝國の支配は民族自決の認識が高揚する1930年代が分水嶺となる。英連邦の発足に対し、日本は皇民化政策を推し進める。そして第一次世界大戦後、帝国主義体制の解体に向かう流れ(p169)に反し、日本は帝国の拡大に邁進する。そして敗戦によって、最終的に大日本帝国の解体を迎える。
・この強制的な大日本帝国の解体は、英仏が体験した「脱植民地化の苦しみの過程」を経ることなく、日本を現代世界の一構成国となした。日本における帝国意識は潜在的に保持され、これが帝国主義世界から現代世界への変化に対する「歴史認識の欠如」の要因であることが指摘される(p188,225)。

「帝国主義への自己批判の眼」(p226)
本書で示すところの帝国意識の類とは一線を画する、健全なナショナリズムとは何か。その答えを見つけ出さない限り、第三世界諸国との真のパートナーシップを得て、近隣諸国との歴史的な和解には至らないと思い知らされた次第。


イギリス帝国と帝国主義 比較と関係の視座
著者:木畑洋一、有志舎・2008年4月発行
2008年5月25日読了、2017年4月18日再読了

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2017年4月18日 (火)

今和次郎見聞野帖 絵葉書通信 欧州紳士淑女以外 [読書記]

1930年、世界見聞旅行に出発した今和次郎の珍しい旅行記。現地で調達した絵葉書を新婚3年目の細君に投函したとあるが、その数、10か月間になんと370枚。その通信文と絵葉書を掲載した本書からは著者の生の声が聞こえてくるようで、実に感慨深い1冊となっている。イラストも満載。

・昔の上海、香港の様子は現在とずいぶん違っていたとわかる。

・パリの豪華絢爛さに目を奪われ、ルーブル美術館へ毎日のように通い、カフェで道行く人を観察する。これは現代も変わらぬ贅沢かつ有意義な時間の遣い方だろう。1937年に壊されたトロカデロ宮の絵はがきは貴重だな(p43)。パリの公園を賛美。毛虫が少ないとも(p53)。

・ロンドンでは劇場を賞美。『ハムレット』と『十二夜』を観たとある。セント・ポール寺院は十数年にわたる大修理が行われ、1930年6月25日から一般公開されたばかりとある(p58)。ウエストミンスター寺院にはあまり良くない印象を抱いたようだ。ウインザー城の観光客の描写も面白い。何十年か前のスタイルのおばさんたちって……(p61)。

・ライカを手に入れたベルリンでは男女の姿を観察。英仏に比べて装飾少なく、腕を出して歩くなど合理的だと断を下している。断髪女性の影響を受けてか男の頭髪が奇異であること、「頂上にトンボがとまったかのように」残してバリカンで刈ってしまい、それを丁寧に分けるという(p86)。いわゆるモヒカン刈りか

・下宿の鍵の比較が面白い。イギリスでは簡単な鍵1本を持ち歩き、フランスでは部屋の鍵1本を門番に預けると。ドイツでは鍵束を渡され、ドア1枚に4つの鍵穴。小さな子供まで鍵束を持ち歩く様子にドイツ人の性格が現われていると(p88)。

・中央公園の比較が面白い。「英国の公園が徒に草地なのに対して、独逸のはいたずらに森です。フランスのはいたずらに花園です」(p92)

・ベルリンの舞台と映画。アメリカものと違って最後は悲劇になるのが「独逸的」だそうで、現実離れした「どこまでも理想主義的な哲学を背負込んでいるらしいのです」との感想を漏らす(p95)。

・プラハ。芸術的なカレル橋を評して「月夜の晩のさまよい歩き」には、きっと大変な効果だろうと想像しました、か。わかる気がする(p100)。

・信州や甲州を超える「スイスの美しい景色」(p131)に酔う。これは僕も体験したのでわかる。うまく文章に残せることができればよいのだが。

・チューリッヒに滞在する日本人は、なんと5人のみ。機械工学を専攻する彼らとの昼食で、この地は長期滞在に向かない「きちんとしすぎた都市」であると知らされる(p132)。

・イタリーの客車を牽引するは蒸気機関車ではなく、当時は「石炭汽罐車」と呼んでいたんだな。電気機関車と架線路が普及していたとわかる(p144)。

・中南欧を旅してのパリへの帰路。イタリー国境からパリ行き急行に乗車するも、途中で各駅停車に変わる。乗り換えれば良いものをタイミングを逸し、そのまま余分な数時間をかけてのんびりとパリに戻る(p147)。旅情があって良い。

・「ニューヨークのビルディング街を一人で散歩してみたら、エジプトのピラミッド以来の壮大さです」(p150)。早稲田の留学生が非常に多いとのことだが、いまでもそうなのだろうか。欧州と違って「至るところ、日本めしあり支那めしあり、日本人ありで不自由がありません」(p151)は、長かった欧州旅行の帰路にしてみれば、嬉しかったことだろうと思う。

・ワシントンD.C.のホテルの部屋の見取り図が面白い。欧州のクラシックホテルと違って何もかも機能的にできていることがわかる。オートマト(コインを入れて好みの飲食物を取り出す)のイラストも面白い(p153)。

・欧州旅行も長くなると心情も変化するのだ。「此の頃は西欧人の方が普通に見えて、日本人の顔を見ると、妙に恐ろしい表情に見えます。西欧の子供は、日本人や支那人を見るとこわがると云いますが、尤もな事だと体験するようになりました」とあるが(p98)、僕も似たような経験があるのでわかるぞ。


ナチズム、ファシズムの勃興し始めた戦間期の時代と、ボーイング777がひっきりなしに世界中の空を覆い尽くす現代とでは違いがあるだろうが、いたずらに高みを求めるでなく、地に足の着いた視点でのフィールドワークの楽しさは変わらない。本書を一読し、好奇心を忘れずに旅をしたいとあらためて思うようになった。

今和次郎見聞野帖 絵葉書通信 欧州紳士淑女以外
編者:荻原正三、柏書房・1990年12月発行
2017年4月18日読了

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2017年4月11日 (火)

青列車の秘密 アガサ・クリスティー [読書記]

移動する密室空間である豪華寝台列車、ブルートレインで引き起こされた殺人事件に、エルキュール・ポアロの頭脳が谺する。
戦間期の英米関係を象徴するイギリス貴族とアメリカ富豪の娘の結婚とその性格、世界一のルビー、ギリシャのユダヤ人商人、サヴォイ・ホテル、ホテル・リッツ、社交界、ニース、モンテカルロのカジノ、ピカデリー街のトーマス・クック&サンズ旅行社、豪華国際寝台列車の食堂車など、時代を象徴する華やかな舞台装置の数々と流れるようなストーリー。濃厚なボルドー・ワインを味わうような時間を楽しめた。

・食事、仕事、娯楽。イギリス人、アメリカ人、フランス人のそれぞれに対する異なりようが面白い。アメリカ的「すばやい行動」(p172)は魅力的ではあるが、フランス的人生の愉しみも捨てがたい。
・「鏡は真実を映しますが、人はそれぞれ違った場所に立って鏡をのぞいています」(p405)いいなぁ。
・何気ない第三者のひと言が、事件解決のヒントになる(p440)。注意力をいつも磨いておくことの重要さが伝わってくる。

ラスト近くのキャサリン・グレーとミス・ヴァイナーの会話が魅力的だ。フランス社交界を経験したことで、かえって英国の田舎にヴィクトリア時代的良心と安寧とを見出せた33歳のグレー嬢が、「彼」と遅咲きでも幸せな人生を送れることを願ってやまない。

THE MYSTERY OF THE BLUE TRAIN
青列車の秘密
著者:Agatha Christie、青木久惠(訳)、早川書房・2004年7月発行
2017年4月9日読了

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2017年4月10日 (月)

四都市物語 海野弘 [読書記]

1920年代におけるパリ、ベルリン、モスクワ、ロンドンを扱った本書は、著者独自の空間への視線、特にアンダーグラウンドの面から都市を俯瞰する内容となっている。

・フランス第二帝政期のパリ・オスマン大通りが、1920年代になってやっと完成したとは知らなかった(p17)。

・ディアギレフのバレエ・リュス。彼らがパリを席巻した背景に、革命により故郷を追われた多数のロシア人亡命者が深く浸透させたロシア文化(レストラン、エンターテインメント)がある。そのパリの亡命ロシア人の身分はジュネーヴ、すなわち「国際連盟の発行したパスポート」によって保証されていたそうな(p42)。

・キャバレー、地下世界、デカダンス、ダダ。敗戦後の混乱とと狂乱物価に翻弄された1920年代のベルリンをを濃く特徴づける要素たちも興味深い(p120)。

・ティー・ダンシング、フォックス・トロットにタンゴ(p238)。ジャズを「かなりいろいろなものを含む、ジャジイなもの」とのしての解釈が、すなわち1920年代のジャズ・エイジである(p235)。

・豪華ホテル、国際豪華寝台列車、オーシャン・ライナー。グローバル化の進む1920年代、「エジプトのプリンスとパリジェンヌがロンドンのホテルで最高のフランス料理を食べ、最新のアメリカのジャズを聞きながら、東と西の、夫と妻の終わることのない葛藤を繰り広げているのだ」(p260)。実に面白い時代だったんだな。また、ホテルや汽車にステノグラファー(速記者)がいて、口述筆記させることが可能だったという(p262)。

「二〇年代はこんなふうに、馬鹿げているほど途方もないことが好きな時代であった」(p276)
温故知新。戦間期にあって現代都市生活の原型が形成されつつあった時代を振り返ることは、あらためて現代社会を観ることでもある。
本書に数多く示された文学・芸術作品とあいまって、都市と人、その関係を深く掘り下げる楽しみを知ることができた。

四都市物語 ヨーロッパ・一九二〇年代
著者:海野弘、冬樹社・1979年11月発行
2017年4月4日読了

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2017年3月30日 (木)

樽 F.W.クロフツ [読書記]

1910年のロンドン埠頭で発見された、樽に詰められた女性の死体。金貨、謎めいた手紙、深夜の探索、"消える"樽。次々と判明する事実は混迷の度を増し、ロンドンとパリをまたがる捜査網は行き詰まるが、鉄の意志を持った刑事たちの執念がひとつずつ結実する……はずであった。

スコットランドヤード、パリ警視庁、弁護士、私立探偵へと担い手が変遷し、少しずつトリックが解き明かされてゆく様は、やはりミステリーの王道だ。

・トロカデロ宮、オルセー河岸駅、繁栄するフォリー・ベルジェール、荷馬車と自動車が混在するオスマン大通り。いまでは失われたパリの光景は実に魅力的だ。

・「そこにいるのはわたしではなく、自分自身ではない誰かを見ているような妙な感覚」(p411)、犯罪に身を染めるとき、自身に悪魔が乗り移る感覚がここに顕れている。

・ラスト付近のスピーディーな展開は、急転する舞台と相まって、読書の快感を感じさせてくれた。

1910年の古き良きパリと霧の大都市ロンドンにわが身を置き、雑踏の中で謎を解き明かす感覚を存分に愉しめた。これを傑作というのだろう。

THE CASK

著者:Freeman Wills Crofts、霜島義明(訳)、東京創元社・2013年11月発行
2017年3月28日読了

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2017年3月 8日 (水)

サロメ 原田マハ [読書記]

ヴィクトリア&アルバート博物館の客員学芸員にしてビアズリーの研究者、甲斐祐也。ロンドン大学のジェーン博士より彼に提示された100年前のそれは、<サロメ>に掲載されなかった1枚の挿画、幻のクライマックス・シーン。凍り付くサヴォイ・ホテルのティー・サロンで、オスカー・ワイルドの研究に長けたジェーン嬢は口にするのだ。<サロメ>の本当の作者は誰なのか……。

序盤からグイグイと引き込まれる展開だ。
稀代のパフォーマー、オスカー・ワイルドと天才画家ビアズリー。そして……。三人の暗い愛憎劇がパリとロンドンを駆け巡る。

・装丁は世紀末ロンドンの文芸誌The Yellow Bookを彷彿させ、手触りを含めて実に味わい深い。表紙はビアズリーの問題の挿画だ。また、ところどころに挿入される黒紙=幕が、演劇ライクな効果を生み出している。

・序盤ではワイルドとビアズリーの立ち位置と、1890年代パリとロンドンの芸術界の背景を愉しめた。

・ビアズリーとその姉メイベルが、バーン=ジョーンズ邸でオスカー・ワイルドと邂逅するシーンはとても印象的だ(p92)。そして、<サロメ>の挿絵を依頼される「火花」のシーンも(p125)。

・サラ・ベルナールの<ハムレット>(コメディ・フランセーズ)とジェニー・リーの<ジョー>(パブリック・シアター)。終演後の空気感がそのまま伝わってくるような描写は素晴らしい(p126)。「人生のすべてを変えてしまうほどの力」(p118)はわかる気がする。


本作は、メイベルの物語でもある。「体内でどす黒い嗤い」が沸きたち(p264)、がらんどうの体の中で弟の言葉が谺する(p270)後半には、ワイルドに執着する者が誰であるのかがみえてくる。

ああ、口づけのもたらすもの。その意味を知り、重いページを閉じた。


サロメ
著者:原田マハ、文藝春秋・2017年1月発行
2017年3月8日読了
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2017年3月 5日 (日)

ロンドン散策 フロラ・トリスタン [読書記]

1839年のロンドンを活写するフィールドワークと民衆思想の成果がここにある。
「人間の生命が金と引き換えられているのだ」(p112)として、著者が奴隷制よりも過酷だと述べる工場労働の現場、貧民街、売春宿、悪と不幸が混同される監獄、国会、チャーティスト集会などを渡り歩くのは、画家ゴーギャンの祖母にして訪英4回目のフローラ・トリスタンである。
フランス人の視点から多少のバイアスがかかっているとはいえ、基本的人権すら踏みにじられた下層階級の悲惨な姿、特に女性のそれが黒く、赤くあぶり出される。

・チャーティスト運動への共感を示し、共産党が存在しない時代に税の平等、平等な市民権、政治的権利を要求し、「所有は強奪してしまえばそれで正当化できる」とする貴族階級とトーリー、ブルジョアを支持するホイッグを非難する(p85)。特権的地方公務員を含む政治権力が独占的利益と高給、高額な年金、閑職を享楽する姿は、現代日本でも変わらない。

・ビッグベンを擁する国会議事堂は女人禁制。憤慨したフローラはトルコ外交団の協力を得て(p94)、男装して傍聴席へ歩を進めるが、下院ではあからさまな罵詈雑言を吐かれて非難され、上院では冷ややかな軽蔑の眼差しにさらされる。よって彼女の国会描写は、ウェリントン公爵の演説の講評を含めて、実に辛辣である。

・「イギリス的唯物主義がその神のために建てた寺院」(p121)とは、何のことか? ロンドンを訪れた外国人がみな一様に驚く、公然と整備された豪華な売春宿のことである。社会観察家として、フローラ・トリスタンは二人の護衛をつけて夜のロンドンを歩く。下層階級の醜態が繰り広げられるウォータールー(ワーテルロー)通りだけではない。上流人士の集まるそこは、著者に際立つ嫌悪感を、読んだ僕に怒りすら覚えさせる醜悪な光景が繰り広げられるのだ。絶世の美女がドレスを泥だらけにして地面に這いつくばり、酒をかけられ給仕に蹴られ…(p122,p346)。その遠因として、財産の使用権も相続権が男に集中するとともに、貞操観念のダブルスタンダートが横溢する状況を著者は告発する(p116)。しかし結婚のことを奴隷化とは言いすぎかと(p117)。

・宗教に関する著者の見解は興味深い。「狂信的でも盲目的でもない人間」(p158)にとって、宗教的な教えはただ外面を変えるだけであり、ヨーロッパの民衆にとって、宗教はもはや一種のアクセサリーにすぎず、社会機構は宗教内で機能している(p160)とし、死刑囚の刑の執行に付き添う司祭や牧師の無用性を説く(p157)。

・「どんなに錯乱した想像力が見る夢も、このすさまじい現実の醜悪さには、とても及ばないだろう」(p183)とは、アイルランド移民の多く住むセント=ジャイルズ地区の描写である。犬とジャガイモの皮を奪い合う貧しさ。イギリス人が恥じて案内を拒む場所。著者は「自分に課した責務にふさわしいエネルギー」がこみ上げてくるのを感じながら、貧しいこの地と、ユダヤ人地区、盗品のスカーフを売る通りに入り込む。

・1833年にイギリスが奴隷貿易廃止法を成立させた理由は人道的なものか。否、と著者は強調する。ヨーロッパ市場でインド生産物の有利な状況を確保するために、西インド諸島の生産量を抑制すべく、奴隷売買は禁止されたのだ。そして解放された黒人奴隷に私有権はなく、納税義務と搾取的労働を強いられていると(p187)。歴史を表面的に見てはいけないってことか。

・ナポレオンをアンチ・ヒーロー=専制君主の権化と捉え、ワーテルローの戦いを民衆革命の側から捉えなおした14章は面白い。すなわち、決してフランスの敗北ではなく自由の勝利であり、民主主義を真の意味で前進させたターニング・ポイントであるとフローラは説く。

バルガス=リョサ『楽園への道』(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集)を読んで、フローラ・トリスタンの存在を知った。マルクスと同時代に生きて別ルートから社会主義の意義を深く追究するとともに、性差の解消を強く主張した彼女の功績は、もっと知られて良いだろう。

あと、当時のフランス人の特性からか、イギリス的なものごとに対する辛辣な批判が随所にみられるが、これらは割り引いて理解するべきだろうと思う。

Promenades dans Londres ou L'aristocratie et les proletaires angles
ロンドン散策 イギリスの貴族階級とプロレタリア
著者:Flora Trintan、小杉隆芳/浜本正文(訳)、法政大学出版局・1987年3月発行
2017年3月5日読了

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2017年3月 4日 (土)

ギャスケル短篇集 [読書記]

1847年~1858年にかけてディケンズが編集長を務めるHousehold Words誌などに発表された短篇8編を収録。
CRANFORD(クランフォード、女だけの町)に劣らぬ傑作ぞろいだ。

『The Sexton's Hero 墓掘り男が見た英雄』
老人の語る、ギルバート・ドーソンの英雄的行為。キリスト教的価値観。夜の干潟でのライバルの危機に際しての究極かつ壮絶な選択。心を打たれた一篇だ。

『Bessy's Troubles at Home 家庭の苦労』
入院した母に代わって家庭の一切を取り仕切ることにした15歳のベッシーは、はりきって理想の家庭を作ろうと奮闘する。工場勤めの二人の兄、学校通いの二人の兄妹、幼い妹。思うように事は運ばず、ある事件が発生し……。
気まぐれな思い付きに惑わされず、割り当てられた仕事をおろそかにしない。このプロテスタント流の教えこそ、人生の教訓か。

『The Well of Pen-Morfa ペン・モーファの泉』
小町娘と呼ばれ、婚約も決まって幸せな日々から一転、泉での怪我により半身不随となったネスト。
突如訪れた不幸。それでも人が境遇に打ち克ち、力あるうちにその生涯を閉じる。ウェールズ地方を舞台に、キリスト教的兄弟愛の壮大さに彩られたこの物語こそ、本短篇集の第一の力作だと感じた。

他に
『The Heart of John Middleton ジョン・ミドルトンの心』
『The Old Nurse's Story 婆やの話』
『The Harf-Brothers 異父兄弟』
『Lizzie Leigh リジー・リー』
『The Sins of a Father/Right at Last 終わりよければ』
を収録。

ギャスケル短篇集
著者:Elizabeth Gaskell、松岡光治(編訳)、岩波書店・2000年5月発行
2017年3月4日読了

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2017年2月24日 (金)

西欧紀行 祖国を顧みて [読書記]

本書は、1914年に国費留学生としてブリュッセル、パリ、ベルリン、ロンドンを1年間渡り歩いた著者の欧州滞在記と、そこから導かれた東西文明論が展開される。すこぶる愉しい読書体験を味わえた。

・自然をあるがまま、ひとまとめに圧縮したものが日本文化、細部に分解し、その結果を再統合したものが西洋文化とある(p23)。わかりやすい。あと、彼の地では平等思想が勢いを増しつつあるにもかかわらず「驚くべきほどの階級の思想がある」ことを著者は特徴としてあげる。

・個人主義と権利の主張。カフェでの釣銭とチップ問題(p32)。文明国で"家"を有するは日本のみであり、西洋のそれは鍵付き"部屋"である(p43)、犬の茶碗と人間の茶碗(p64)、トイレ問題(p66)など文明比較は多岐に渡る。

・整頓、秩序、組織という文化(p184)と、自由の気風の差異。独逸式と英国風の比較論が興味深い(第3章)。

・パリでは下宿探しに骨を折り、カルナヴァレ博物館の展示物にアントワネットはじめギロチンに斃れた人物の啾々(シュウシュウ)たる鬼哭を聞き、自動車の車掌や荷馬車の馭者に革命の血潮の流れるを感じる(p215)。女権拡張論者のデモに期待して出向くも、期待外れに終わり……と実に面白い。

・ベルリン滞在中にグレート・ウォー=第一次世界大戦が勃発。日本がロシアに宣戦布告したとの偽情報が街に広まり、日本人が大歓迎される様子は面白いが、後に敵国に回ったことが知れると日本人は次々に拘留される。著者はその二日前にベルリンを脱出し、手荷物ひとつでロンドンへと赴くことになる。その逃避行の切羽詰まった様子がリアルに上述される(p137)。

・独逸の興隆を脅威に感じていた英国にとって、ドイツとフランス・ロシアの開戦は好機であり、むしろ好んで対独戦争を遂行したとある(p158)。なるほど、外交も戦争も、イギリスはしたたかだ。

・ロンドンでは、寄席「エンパイヤ」で出し物を観る。1シリングの平土間でコント、女性ヴォーカル、道化師梅など7~8種のヴァラエティを愉しめたとある(p235)。いまは廃れたミュージック・ホールの全盛期を堪能したってことか。日本人出演者、小天一の水芸とは何だろう、気になる。

・最期はロンドンの物価高に音をあげて、ハンプシャー州のチリガミもろくに無いような小農村に家を借りることになる。地主富裕層と労農者のあまりの格差に憤る一方、日英同盟の影響もあって、彼の地でも日本の文物の知れ渡っていることに著者は嬉しさを感じ取る(p244)。

彼の地で遠く日本を顧みて、彼が結論付けたもの。それは日本文化の独自性であり、日本民族の優れた特性である。狭隘な愛国主義に陥ることなく、異国の地で彼我の文明比較を行い、あらためて自らを識ることの意義を知らしめてくれる一冊と言えよう。

西欧紀行 祖国を顧みて
著者:河上肇、岩波書店・2002年9月発行
2017年2月13日読了

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2017年2月16日 (木)

砂漠の影絵 石井光太 [読書記]

社会的使命、個人的事情、興味と自己満足。理由はどうあれ戦地に赴き、ファルージャの地でイスラム過激派の人質となった5人の日本人の運命を、囚われた男女、イスラム戦士、日本人ジャーナリスト、家族、社会の側面から描き出す。
それにしても「自己責任」、あまりにも政府に都合の良い言葉の暴力にさらされるとは。

・イラク人のためのNGOで働き、囚われの身になってからも他人を気遣い、隣人愛を説いてきた静香の最期は壮絶だ(p189)。励ましあいの『蛍の光』が哀しみの唱歌と化して……。クリスチャンとムスリムの反目は、かように一個人の運命を歪めてしまうのか。

・人質ひとりの殺害に対し、街全体の破壊をもって報復する米軍の恐ろしさもさることながら、作中のイラク聖戦旅団の「人質を殺害する理由」には疑念が生じる。無作為に他人の命を交渉の手段とするは聖戦士に非ず、犯罪そのものであろうに。その意味で、彼らは自らがテロリストであることを自覚しなければならない。

ラスト近く、優樹と海男の運命の分かれ道。その理由の残酷さには、うなだれるしかない。
それにしても、政府は国民を護らない。彼らは彼ら自身を守るための存在でしかない。そんな当たり前のことを再認識させてくれた。

パレスチナ、アフガニスタン、イラク、シリア。戦火と怨嗟の連鎖の続く中で他人の命を想う。それは光明へとつながる生き方となりうるだろうか?


砂漠の影絵
著者:石井光太、光文社・2016年12月発行
2017年2月17日読了

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