2017年8月19日 (土)

無差別テロ 金惠京 [読書記]

法の外にある集団、あるいは国家の支援によるテロリズムをどう規制し、対処するべきなのか。
20世紀のテロリズムはわかりやすかった。政治的要求によるハイジャック、シージャック、企業を狙った爆弾テロ等に対し、国際社会は都度、対抗策を練ってきたし、いまでは主要先進国でその種のテロの発生する確率は格段に低いものとなっている。
無差別テロ。21世紀初頭の911同時多発テロを含め、2015年のパリ同時多発テロに至るまで、一般市民を狙う卑怯な国際的犯罪は規模を増すばかりである。

本書は、「国際社会は何を基盤として、テロに対処すべきかの岐路に立っている」(p195)として、安易に国家暴力=軍事力に頼ることなく、これまで人類が積み重ねて来た人道・人権の理念を踏まえつつ、知性と規範(p189)を持ち、国際法を整備して無差別テロに対処するべきであることを示す。

・いったい、テロリズムとは何であろうか。平時における無差別殺人(p43)。政治的目的追求のための、一般市民へ恐怖心と心理的衝撃(p163)を与える手段……。恐怖をもって対象となり組織や政府の方針を変えること(p6)。では、国際的な定義はどうか。著者はテロ資金供与防止条約の第二条第一項が近いとする。長いがここに引用しよう。「文民又はその他の者であって武力紛争の状況における敵対行為に直接に参加しないものの死又は身体の重大な障害を引き起こすことを意図する他の行為。ただし、当該行為の目的が、その性質上又は状況上、住民を威嚇し又は何らかの行為を行うこと若しくは行わないことを政府若しくは国際機関に対して強要すること」(p148)とある。要するに、軍隊が関与せず、刑法犯罪に含まれない政治性を持つ暴力行為(p178)ってことか。

・原発テロ(一部の電気系統に故障を起こさせるだけで良い)、サイバーテロ(技術のイタチごっこ)、バイオテロ・化学テロ。すぐに起こり得る、これらのテロに対し、会議を開く余裕はない。法体制も追いついておらず、現場レベルの判断が重要であると著者は説く(p20)。とすると、非常時の権限の委譲をどうするのか、平常時から決めておかないといけないな。

・オウム真理教(オウムの会、オウム神仙の会)。国内では特異な宗教団体とされがちだが、国際的にはアルカイダなどと同様、多数の高学歴保持者を擁する、政治的意図の高いテロリズム集団として捉えられている(p37)。

・無差別テロは悪であるが、それへの対応は必ずしも善ではない。暴力の連鎖は次なる悲劇を生み、被害者は決まって無辜の市民である。犠牲者の補償をどうするのかも重要であるが、日本では被害者はメディアや政治に利用される面が大きく、欧米に比べて十分な補償が行われていないことが示される(p49、第2章)。

・オサマ・ビンラディン殺害のニュースは衝撃的だった。だが主権国家パキスタンの国土に無断で特殊部隊を送り込み、事後にパキスタン政府へ通達するなど、米国の行動は超法規的であったとされる。「テロ対策」を名目に軍事大国のどんな行動も許容される世界が出現しつつある。法の支配を基盤とする民主主義への打撃(p85)である。

第5章「テロの定義確立を目指す国際社会」が秀逸。1996年にインドより国連総会に提起された「国際テロリズムに関する包括的条約案」は、締結されれば素晴らしい効果を発揮するであろうが、その実現には困難を伴うことが解説される。条約の適用範囲、国家テロと国家支援テロの扱い、民族解放闘争とテロとの相違政治犯の扱いについて先進国と主にイスラム諸国の意見対立が影を落とすが、何より「テロの定義」に関する議論が重要とされている。著者が繰り返し主張するように、なるほど、これを規定しないと、これまでのように「法の継ぎ足し」の繰り返しとなってしまう。
民族解放闘争とテロリズムの区別についても本書p158~161に明記される。権力側による恣意的なテロの定義を防ぐためにも、包括法の成立が望まれる。
ゲリラ(交戦権が認められている)との類似性と本質的な差異も参考になった(p163)。

ただ、本書では国家テロを包括的なテロ対策の範囲から外すことを示しているが、北朝鮮、ロシアの関与が取りざたされている大規模なサイバー攻撃、中共によるウイグル族・チベット族の無差別殺戮、ロシア政府の関与が疑われる核物質による元情報工作員の殺害といった事案こそ、広範囲の無差別テロに含まれると思う。
その意味で、人権条約と絡めての法案の議論が望ましいと、素人的に考える。

無差別テロ 国際社会はどう対処すればよいか
著者:金惠京、岩波書店・2016年1月発行
2017年8月19日読了

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2017年8月14日 (月)

英連邦 小川浩之 [読書記]

加盟国数54、総人口20億人の規模を有する英連邦、(ブリティッシュ)コモンウェルス。それはイギリス国王を首長または象徴として受け入れる国家間の自由な連合体であり、「大使」ではなく相互に「高等弁務官」を派遣しあう、相互に「外国ではない存在」。このような、主権国家からなる近代国際体系から逸脱したシステムが、この21世紀においてもイギリスを中心に存在し続けるという事実は、とても興味深い。

・「諸民族の家族の多様性と統一」(p11)植民地会議にルーツを持ち、20世紀初頭の帝国会議から英連邦首相会議を経て、現在の2年おきに開催される英連邦首脳会議へと引き継がれる。当初、それは自由主義・自由貿易や民主主義の価値観を保ちつつ、イギリスにとって「より持続的かつ安価に帝国の一体性を維持していくための手段」として考案され(p28)、白人定住植民地の自治領が形成されることとなる。

・カナダ、オーストラリア、ニュージーランドと言った白人自治領は、イギリスのパートナーとしての自覚を持ち、帝国の強化・拡大に貢献する(p31)。それは本国よりも厳しい人種差別的な制度を有するものであった(白豪主義 p41)。

・第一次世界大戦は、自治領全体で100万人を超える兵員の供給、イギリスへの食料供給等を通じ、イギリスとのパートナーシップを強化するだけでなく、自治領の独立を促進し、国際的役割を増進させた。ヴェルサイユ条約の発効によって発足した国際連盟にはイギリスだけでなく、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカの各自治領が、英領インド帝国とともに、原加盟国として加わった(p62)。このとき、帝国の内部だけでなく「世界においても独立である」と表現した南アフリカのスマッツ将軍が、「英連邦」の表現を用いたとされる(p62)。そのスマッツ将軍の像が、マンデラ元大統領とともにロンドンのパーラメント・スクエアに立ち、広場と街を睥睨している(p229)。

・カナダ自治領政府がワシントン(1926年)、パリ(1928年)に続き1929年に東京に公使館を開設たことは興味深い。すでにオタワに日本大使館(1928年)が開設されており、イギリス本国とは別に自治領政府と外交関係を樹立したことになる(p68)

・バルフォア報告書(1926年帝国会議)とウェストミンスター憲章(1931年)にて「王冠への共通の忠誠」「内政・対外政策両面での相互平等性」が確認され、イギリス本国と六つの自治領の対等な地位が法的に承認された(p71、74)。

・ナチス・ドイツに対する悪名高いイギリスの宥和政策。その背景に、イギリス本国の財政難と軍備拡充の遅れ、市民の平和志向、孤立主義を取るアメリカへの不信感に加え、帝国と英連邦を重視する伝統的な戦略思考があったとされる(p92)。日独伊が直接、イギリスの権益を脅さない限り、大規模戦争を回避する、と。なるほど、一国ではなく帝国ブロックで考えると、その「無行動」にも納得できるものがあるな。そして「対日戦争」はその捕虜問題(p110)が根深く尾を引き、戦後、特にオーストラリアとの厳しい関係が続くことになる。

・レスター・ピアソン氏。カナダの外相と首相を務めたこの人物は、国際連合・PKOの分野で名高いが、戦後の英連邦の運営においても特筆すべき実績を残していたとは知らなかった(p125インド共和国の英連邦残留問題、p165スエズ戦争からの撤退)。傑出した人物が世界システムを支える、その実例だな。

・帝国記念日=英連邦記念日が、1977年まで5月24日、すなわちヴィクトリア女王の誕生日に定められ、加盟国各地で記念行事が催されていたことは興味深い(p178、現在は3月の第二月曜日)。

・1965年には英連邦事務局が設立され、英連邦各地出身のSecretary-General事務局長も就任する(p199)。ローデシア問題、ベトナム戦争、スエズ以東からの英軍撤退、南アフリカ問題、インド-パキスタン戦争とバングラディシュ独立、グローバリズムの深化、途上国の経済・社会問題などに当たる英連邦の姿は、まるで活性化したUnited Nations国際連合のようであり、その役割の重複と違いが気になる。

国連他の国際機関と比べた英連邦の特徴も、本書に提示されている。すなわち、歴史や文化、言語、そのほかの様々な法的・社会的制度の共有を背景に相互の協力を推進しようとする、その姿である(p251)。
「白人の植民地帝国を人種の英連邦へと変化させる過程」について、「人類の歴史上、これ以上に崇高な変化は記録されていない」と、英労働党は1964年総選挙のマニフェストに提示した。
ときに機能不全に陥る無力な国連などと異なり、英連邦は国際的な存在感の低下を露呈しつつも、その影響力を駆使してきた。それはイギリスの大国意識と、欧州に限定されない世界的な関与への志向を支え続けている(p259)。この、旧日本帝國との大きな差異には、羨望を禁じ得ない。

英連邦 王冠への忠誠と自由な連合
著者:小川浩之、中央公論新社・2012年7月発行
2017年8月13日読了

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2017年7月23日 (日)

英国諜報員アシェンデン サマセット・モーム[読書記]

第一次世界大戦の最中、イギリスとドイツの間で繰り広げられる諜報戦の日常。主戦場は中立国スイス。
家族や思い人を巻き込み、同胞を敵国に売り、わずかばかりの報酬と満足感を得て、スパイは夜に何を想うのか。
作家であり、英国諜報機関に属するアシェンデンの目線で物語は進む。頭脳戦による命の喰らいあい。派手なスパイアクションを期待する人には不向き。

・スイスやドイツに放った複数のエージェントを統括するアシェンデンでさえ、本国の指令"R"からみれば、一つの手ごまでしかない。「裏切者」の章では、そのことが強く描かれる。
・「その背後で」~「英国大使」の章は秀逸だ。人生の岐路において、その選択は正しいものだったのか。後悔しない人生とは何か。「やりたいことをやって、あとは運に任せる生き方も悪くないと思うがね」(p317)平凡な言葉だが、若き日の恋愛の日々を想う、老大使の人生訓でもある。
・グレート・ウォーは総力戦。アシェンデンの決断ひとつで、多数の民間人を巻き込む爆破作戦が決行される。その重い決断を、コインの裏表にゆだねる弱さ。これもスパイの一面である(p357)。
・ラスト「ハリントンの洗濯」はロシア革命に直面した運命の日が描かれる。彼が命と引き換えに手にしたものを考えると、とてもシュールであり、人の愚かさがここに顕現する。

この作品にストーリーはないが、リアリティは抜群だ。著者がエージェント時代に実体験し、また見聞きしたであろう事物が一個の作品に収斂したものと考えるのが良いと思う。

ASHENDEN OR THE BRITISH AGENT
英国諜報員アシェンデン
著者:William Somerset Maugham、金原瑞人(訳)、新潮社・2017年7月発行
2017年7月23日読了

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2017年7月 1日 (土)

欧州航路の文化誌 寄港地を読み解く [読書記]

本書は、特に戦間期に著された膨大な量の旅行記を「海洋文学」として捉え、欧州航路が形成した「心理的な世界像」をシンガポール、ペナン、コロンボ、スエズなど寄港地の順に評価するとともに、和辻哲郎の洋行が生み出した『風土』の意味づけが試みられる。また、欧州航路のオール・レッド・ルート、すなわち英国植民地の"赤"に色取られたアジア寄港地で和辻哲郎ら日本人の見たもの、あるいは見なかったものが論じられる。

・航空機による移動が一般化する以前、日本からの渡欧に際しては安価なシベリア鉄道経由、北米経由の東回り航路も選択肢とされたが、圧倒的に西回りの欧州航路が選ばれたという。この横浜を起点に神戸、上海、香港、シンガポール、ペナン、コロンボ、アデン、スエズ運河を経由して南仏マルセイユへと至る日本郵船の渡航ルートは、そもそもイギリスP&Oの東洋ルートの遡行に他ならず、上海を除くすべてのポイントがイギリスの支配下に置かれていたことには、あらためて驚愕させられた。(横浜や神戸の旧居留地ですら、ある意味、イギリス租界だったとも言える。)

・戦間期、日本発の欧州航路への道を拓いた日本郵船。「日本の延長」と言える自前の航路と船員を有するまでの過程は、想像もできない苦難の連続だったことがわかる。現代日本でも保険業やISO審査などの分野で存在を示すロイドは、明治の世から力をほしいままにしており、「制度」を運用する英国人の才には一目置かざるを得ない(p30)。

・「漱石の劣勢コンプレックス」についても「過度の使命感や、世紀末ロンドンという目的地の重圧」によるものではなく、西回り航路での渡欧が、欧米の慣習への違和感や疎外感を育んだという説明は面白い(p187)。もし東回り航路(米国経由)だったなら、文豪・夏目漱石は誕生していなかったのかもしれない。

・日本人の渡欧の目的の変化。幕末の遣欧使節団、明治初期の国家エリートの留学生の持つ使命感に比べ、1910年代の渡欧者は新聞社主催の海外観光ツアーや、与謝野寛「文明人の生活に親しむため」(p170)にみられるように、目的が多様化したことがわかる。1920年代の留学生の記録からも、日本と西欧の文明を相対化しては比較するなど、なるほど、余裕が生まれている。

「序章:欧州航路の文学」から「第6章:日本人のマルセイユ体験」まではスムーズに読み進められたのだが、「第7章:和辻哲郎『風土』成立の時空と欧州航路」は幾分、哲学的な記述が目立ち、自分には合わなかったみたいだ。


欧州航路の文化誌 寄港地を読み解く
編著者:橋本順光、鈴木禎宏、青弓社・2017年1月発行
2017年6月25日読了

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2017年6月24日 (土)

20世紀イギリス短篇選(上) [読書記]

人生のある瞬間。それが晴れ舞台なら喜ばしいが、慟哭の側面かもしれず、平凡な退屈もある。どれも色と音の付いた記憶となり、彼あるいは彼女の未来へとつながってゆく。優れた短篇には、そんな一局面を切り取った面白さが込められている。


個人的にはウドハウスの『The Man Upatairs 上の部屋の男』(1936年)を推したい。
自由主義と階級制度に裏打ちされた英国独特のユーモア感覚を知るには原著を理解する必要があるらしいが、その一端が垣間見えるような作品だ。
「誰だってみんな必死でがんばりながら努力しているのに、……」(p95)気に入らない人物をやり込めたアネットの後悔に満ちた心情吐露は切なく、それだからこそ、その後のエピソードにあるヒト付き合いの困難さは、やるせない。
終盤に電話と手紙で明らかになる「とてつもないこと」。それこそが、英国流の愛情にあふれた宏大なユーモアということだ。


ラドヤード・キップリングの『At the End of the Passage 船路の果て』は力作。首都シムラから遠く離れ、気温40℃の中に土埃が舞い上がる辺境に働く鉄道技術者。週に一度、自宅に三人の友人が集い、ゲームに興じるのが唯一の慰めの日々。現地藩王に対峙する高等文官、コレラ治療に奮闘する鉄道会社の勤務医、インド政府測量部の技術者の会話の中に、インド統治の実態が語られる。
鉄道技術者の"仕事への献身"ぶりは、80年代の日本の24時間闘うビジネスマンを想起させるし、ストレスが心身を蝕む様子は他人事ではない。同僚を気遣っての過労、不眠症、幻覚の果てに待つものは何か。
本作に示される白人の責務と犠牲は、"植民地でふんぞり返るイギリス人と、支配されて悲惨なインド人"のイメージを吹き消す存在でもある。日本を含む過去の植民地政策の別の側面として、これはもっと語られても良いだろう。


『A Painful Case 痛ましい事件』はジェイムズ・ジョイスのダブリンが舞台となる。単調な人生に慣れ切った中年銀行員と人妻のささやかな恋心。触れ合う瞬間を恐れ、男は人妻を捨て、そして……。
「闇の中だと彼女がそばにいるような気がした」(p136)
4年後の「痛ましい事件」により再確認される男の孤独意識こそ、真に痛ましい。


ベイツの『The Simple Life 単純な生活』も印象深い一篇だ。うんざりする別荘生活に突如現れた若い男子。雪解けの楽しさ。夫に隠れての火遊びのつもりが……。「海から吹いてくる肌を刺すような冷たい風に」本当に「ざわざわとなびいていた」(p300)のは、彼女ではなく、夫の心だったわけか。。。

磨き上げられた12種類の宝石をかいつまんで手に取り、その特徴に触れて楽しむような読書感覚を味わえた。

20世紀イギリス短篇選(上)
編訳者:小野寺健、岩波書店・1987年7月発行
2017年6月20日読了

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2017年6月 8日 (木)

フィリグリー街の時計師 ナターシャ・プーリー [読書記]

ピアノをあきらめた内務省の電信オペレーターに届けられた懐中時計。精密すぎる仕掛けのそれは、スコットランドヤード爆弾テロの渦中から孤独な彼、サニエル青年の命を救う。知古の刑事からの依頼で、日本人の時計技師に接触した彼は、完璧な英国英語を話す金髪の"男爵"、そのモウリこそ時計の製作者であり、まるでぜんまい仕掛けのような彼の不思議な能力に惹かれつつ、爆弾魔の犯人としての可能性を探ってゆく。そして、伯爵令嬢にして"奇抜な"科学者であるグレイスとの邂逅……。
1880年代のロンドン・ウエストエンドと明治日本を舞台に、サイバーな冒険劇が繰り広げられる。
それにしても、ぜんまい仕掛けのたこ、"カツ"は愛らしいなぁ。

・ハイドパークの片隅に実在した日本人村、ギルバート&サリヴァンの「ミカド」、1860年代の日本のレボリューション、廃城令、華族の訪欧、伊藤博文など、著者日本留学中に執筆された、まるで日本の読者に向けて書かれたと思えるような嬉しい逸話が満載だ。でもオペレッタ「ミカド」が本作のように制作されたのなら、それはそれで哀しいなぁ。

・瓦斯燈、電信機だけでなく、人感センサ付き電気照明、数十の"ぜんまい"軸受けによるハイテク鳥ロボット、光を媒介するエーテルの実験など、当時の技術水準を超える要素の数々が、本作にスチームパンクの要素を添えている。

・後半はサニエルとモウリの親密さがヒートアップする。世紀末の物語とはいえ、こうまで親密すぎるのはいかがなものかと思う。少なくとも僕には気に入らない。

・爆弾魔の正体が見え見えなのは愛嬌。あと、グレイスの幸せな生活を願わずにいられない。

いくつか気に障る点があるものの、階級差別・人種差別が当たり前に存在した世界観の中、蒸気機関車の地下鉄、ケンジントンの街並み、少数の民族主義者の活動など、1880年代のロンドンのパースペクティブがこれでもか、と思うほどに凝縮された本作は、実に魅力的だ。続編、続々編も企画されているとのことで、いまから楽しみだ。


THE WATCHMAKER OF FILIGREE STREET
フィリグリー街の時計師
著者:Natasha Pulley、中西和美(訳)、ハーパーBOOKS・2017年4月発行
2017年6月7日読了
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2017年5月27日 (土)

倫敦!倫敦? 長谷川如是閑 [読書記]

1910年夏のロンドン滞在記。全編ウィットに富んだ文章が嬉しい。
良く見て、良く歩き、好奇心の塊となって「なんでも見てやる」姿勢が、3か月の滞在で500ページ弱の記録を育んだ。

漱石がヴィクトリア女王の大葬を目撃したのは有名だが、その息子エドワード7世の大葬に新聞記者として臨んだ如是閑は、より詳細な記録を残している。

・1910年に開催されたJapan-British Exhibition(日英博覧会)のことがところどころで触れられる。エドワード7世崩御のために開催が危ぶまれるなど、あまり記録が残っていないだけに貴重な記録だろう。

・ウェストミンスター橋を往来する路面電車。牧野義雄の1907年の作品「ウエストミンスター橋:春もや」には現れていないが、1910年の写真にはおびただしい数が現れている。この間の発展著しいってことか。

・omnibus、乗合馬車が姿を消すことに如是閑は失望を隠さない。
「やはり文明の風は何処を吹くという超時代の顔をしたデクデク肥った御者」を乗せた乗合馬車のほうが乗合自動車に勝ると言う。
「極端に走る進歩主義と、頑として動かぬ保守主義と、撞着しつつ旋回しつつあるのが、英国の空気であるとともに倫敦の色彩である」とし、1911年8月に乗合馬車の営業が終了することに対しては「倫敦の凡化である」と厳しい。(p221)

・日露戦争を勝ち抜いて国威揚々たる祖国と大英帝国。その彼我の文明観の差異が浮き彫りにされる様は、重心低く研ぎ澄まされた観察眼と独特のみずみずしい感性との成せる技と言えよう。

・カフェと「街の女」の英、仏、独の比較が面白い。ロンドンとパリを決定的に差異つけているものがカフェの有無であり、すこぶるその色彩を異にするとある(p249)。

・神戸の市電と舗装道路が比較対象とあげられるのは個人的に嬉しいところ。

・大英帝国最盛期とはいえ、その繁栄を驚かすドイツ人やアメリカ人に向けるイギリス人の敵意の強さを特筆している。


日本への帰路は日本海軍の軍艦とP&O客船、日本郵船客船を乗り継ぎ、インド洋航路を渡って帰国の途に就く。
軍艦"生駒"に乗艦してプリマス港を発し、ビスケー湾を経てジブラルタルへ。地中海の入口を制する英国の力量を嘆賞し、ナポリへ往く。快速たる最新軍艦の機関室でウヨウヨと火夫の立ち働く様を見て如是閑は記す。
「大いなる文明の底には大いなる野蛮がある。堂々たる軍艦の底にはこの地獄がある」(p434)

ジブラルタル、ポート・サイード、スエズ、紅海、アデン、コロンボ、マラッカ海峡、シンガポール、そして香港。ナポリを除く停泊地と航路のすべてが英国支配下にあることに言及して後、「平和というものが強者に依って保たるる事は有史以前の社会も今日の社会も変りはない」(p472)のだから、欧州の英国、南北アメリカにおける合衆国のごとく、東洋で覇権を握り、平和を確立することこそ日本の使命である、と如是閑は説く。
1910年の新聞記者の意見からしてこれだ。そりゃあ世論も力を信奉するベクトルが働くわけだ。

外交に安定をもたらすのは力の不均衡であり、それは強者の意思によって維持される。これは帝国主義時代を経て、現代においても変わらない究極の事実ではあるが、それをあからさまに肯定するのはどうだろうな。

倫敦!倫敦?
著者:長谷川如是閑、岩波書店・1996年5月発行
2017年5月27日三度読了

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2017年4月23日 (日)

イギリス帝国と帝国主義 [読書記]

その昔、毎日新聞社の週間エコノミスト2008年5月13日号の記事「学者が斬る 南部スーダンの復興に学ぶ」を興味深く読んだ。ダルフール問題とは別に、2001年に長い内戦を抜けて包括平和に至った南スーダンの復興の様子がレポートされ、日本をはじめ国連加盟国による復興援助とPKO活動が行われる地で、世界中どこでもガメツク商売する中国人だけでなく、ウガンダとケニアの商売人のエネルギッシュな姿が書かれていた。漠然と「隣国だから」と思ったが、かつての「大英帝国仲間」であることを知り、目から鱗が落ちた。

さて、大英帝国に関する歴史書はあまた存在するが、本書は、現代の先進工業国に住む我々の顕在的、かつ、潜在的な「帝国意識」に焦点を当てる。

・帝国と帝国主義に関する明確な定義はありがたい。「帝国とは、広大な支配領域のなかに多様な民族集団などを含み、しばしばその支配圏を拡大しようとする政治体である」(p10)「帝国体制が、国民国家という新たな形をとってきた複数の『中心』によって同時に推進されて世界を覆うという帝国主義の時代を経て、現代の世界は生まれてきたのである」(p19)

・イラク戦争後に盛り上がったアメリカ帝国論に関する著者の立場は明快だ(p25,28)。現代世界に帝国の概念は当てはまらない。アメリカは帝国に非ず、それはグローバルな世界強国であり、他の国民国家の対外政策に影響を及ぼし得る唯一のヘゲモニー国家である。

・帝国意識とは何か。それは肌の色に代表される「民族・人種差別意識」、他国支配を当然視する「大国主義的ナショナリズム」を軸とするものであり、帝国を意識することで「イギリス人意識」を強めていったといえよう(p55)。「民族・人種差別意識」は第二次世界大戦を経て弛緩したとはいえ、1997年の世論調査においても30%ものイギリス人の若者が「白人と他人種は平等ではない」との意識を抱いていることには驚愕させられた(p69)。そして帝国の変節であるコモンウェルスの盟主であり続けるイギリスにとって、2016年の「EU脱退」投票の結果は当然のことであったのかもしれない。「大国主義的ナショナリズム」は健在なり。
・日本の場合も対アジアに関して同様であるとともに、「一等国」の地位を経てナショナル・アイデンティティを強化していったことがわかる。そして帝国主義時代のイギリスの「帝国教育」が、現代日本の「愛国教育」に通底するものがあるように思えてならない(p66)。
・王室の安定と国民の帝国意識の拡大とがともに支えあう構図(p82)。それは1887年のゴールデン・ジュビリー、1897年のダイヤモンド・ジュビリーの時代に最高潮を迎える。帝国主義を鼓舞する新聞『デイリー・メール』の記事は、イギリス大衆の優越感に心地よく響いたことだろう(p90)。

・本書ではしばしば、英国のインド統治と日本の朝鮮統治が比較される。インド独立時の識字率はなんと15%、就学児童の割合は35%でしかなかったのに対し、1944年の朝鮮の就学児童の割合は71%(p125)。インド人少数エリートの育成に力を入れた英帝国と、初等教育に力点を置いた日本帝國の差異はあれど、いずれも、植民地支配体制に順化させてゆく手段であった。
・英帝国と日本帝國の支配は民族自決の認識が高揚する1930年代が分水嶺となる。英連邦の発足に対し、日本は皇民化政策を推し進める。そして第一次世界大戦後、帝国主義体制の解体に向かう流れ(p169)に反し、日本は帝国の拡大に邁進する。そして敗戦によって、最終的に大日本帝国の解体を迎える。
・この強制的な大日本帝国の解体は、英仏が体験した「脱植民地化の苦しみの過程」を経ることなく、日本を現代世界の一構成国となした。日本における帝国意識は潜在的に保持され、これが帝国主義世界から現代世界への変化に対する「歴史認識の欠如」の要因であることが指摘される(p188,225)。

「帝国主義への自己批判の眼」(p226)
本書で示すところの帝国意識の類とは一線を画する、健全なナショナリズムとは何か。その答えを見つけ出さない限り、第三世界諸国との真のパートナーシップを得て、近隣諸国との歴史的な和解には至らないと思い知らされた次第。


イギリス帝国と帝国主義 比較と関係の視座
著者:木畑洋一、有志舎・2008年4月発行
2008年5月25日読了、2017年4月18日再読了

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2017年4月18日 (火)

今和次郎見聞野帖 絵葉書通信 欧州紳士淑女以外 [読書記]

1930年、世界見聞旅行に出発した今和次郎の珍しい旅行記。現地で調達した絵葉書を新婚3年目の細君に投函したとあるが、その数、10か月間になんと370枚。その通信文と絵葉書を掲載した本書からは著者の生の声が聞こえてくるようで、実に感慨深い1冊となっている。イラストも満載。

・昔の上海、香港の様子は現在とずいぶん違っていたとわかる。

・パリの豪華絢爛さに目を奪われ、ルーブル美術館へ毎日のように通い、カフェで道行く人を観察する。これは現代も変わらぬ贅沢かつ有意義な時間の遣い方だろう。1937年に壊されたトロカデロ宮の絵はがきは貴重だな(p43)。パリの公園を賛美。毛虫が少ないとも(p53)。

・ロンドンでは劇場を賞美。『ハムレット』と『十二夜』を観たとある。セント・ポール寺院は十数年にわたる大修理が行われ、1930年6月25日から一般公開されたばかりとある(p58)。ウエストミンスター寺院にはあまり良くない印象を抱いたようだ。ウインザー城の観光客の描写も面白い。何十年か前のスタイルのおばさんたちって……(p61)。

・ライカを手に入れたベルリンでは男女の姿を観察。英仏に比べて装飾少なく、腕を出して歩くなど合理的だと断を下している。断髪女性の影響を受けてか男の頭髪が奇異であること、「頂上にトンボがとまったかのように」残してバリカンで刈ってしまい、それを丁寧に分けるという(p86)。いわゆるモヒカン刈りか

・下宿の鍵の比較が面白い。イギリスでは簡単な鍵1本を持ち歩き、フランスでは部屋の鍵1本を門番に預けると。ドイツでは鍵束を渡され、ドア1枚に4つの鍵穴。小さな子供まで鍵束を持ち歩く様子にドイツ人の性格が現われていると(p88)。

・中央公園の比較が面白い。「英国の公園が徒に草地なのに対して、独逸のはいたずらに森です。フランスのはいたずらに花園です」(p92)

・ベルリンの舞台と映画。アメリカものと違って最後は悲劇になるのが「独逸的」だそうで、現実離れした「どこまでも理想主義的な哲学を背負込んでいるらしいのです」との感想を漏らす(p95)。

・プラハ。芸術的なカレル橋を評して「月夜の晩のさまよい歩き」には、きっと大変な効果だろうと想像しました、か。わかる気がする(p100)。

・信州や甲州を超える「スイスの美しい景色」(p131)に酔う。これは僕も体験したのでわかる。うまく文章に残せることができればよいのだが。

・チューリッヒに滞在する日本人は、なんと5人のみ。機械工学を専攻する彼らとの昼食で、この地は長期滞在に向かない「きちんとしすぎた都市」であると知らされる(p132)。

・イタリーの客車を牽引するは蒸気機関車ではなく、当時は「石炭汽罐車」と呼んでいたんだな。電気機関車と架線路が普及していたとわかる(p144)。

・中南欧を旅してのパリへの帰路。イタリー国境からパリ行き急行に乗車するも、途中で各駅停車に変わる。乗り換えれば良いものをタイミングを逸し、そのまま余分な数時間をかけてのんびりとパリに戻る(p147)。旅情があって良い。

・「ニューヨークのビルディング街を一人で散歩してみたら、エジプトのピラミッド以来の壮大さです」(p150)。早稲田の留学生が非常に多いとのことだが、いまでもそうなのだろうか。欧州と違って「至るところ、日本めしあり支那めしあり、日本人ありで不自由がありません」(p151)は、長かった欧州旅行の帰路にしてみれば、嬉しかったことだろうと思う。

・ワシントンD.C.のホテルの部屋の見取り図が面白い。欧州のクラシックホテルと違って何もかも機能的にできていることがわかる。オートマト(コインを入れて好みの飲食物を取り出す)のイラストも面白い(p153)。

・欧州旅行も長くなると心情も変化するのだ。「此の頃は西欧人の方が普通に見えて、日本人の顔を見ると、妙に恐ろしい表情に見えます。西欧の子供は、日本人や支那人を見るとこわがると云いますが、尤もな事だと体験するようになりました」とあるが(p98)、僕も似たような経験があるのでわかるぞ。


ナチズム、ファシズムの勃興し始めた戦間期の時代と、ボーイング777がひっきりなしに世界中の空を覆い尽くす現代とでは違いがあるだろうが、いたずらに高みを求めるでなく、地に足の着いた視点でのフィールドワークの楽しさは変わらない。本書を一読し、好奇心を忘れずに旅をしたいとあらためて思うようになった。

今和次郎見聞野帖 絵葉書通信 欧州紳士淑女以外
編者:荻原正三、柏書房・1990年12月発行
2017年4月18日読了

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2017年4月11日 (火)

青列車の秘密 アガサ・クリスティー [読書記]

移動する密室空間である豪華寝台列車、ブルートレインで引き起こされた殺人事件に、エルキュール・ポアロの頭脳が谺する。
戦間期の英米関係を象徴するイギリス貴族とアメリカ富豪の娘の結婚とその性格、世界一のルビー、ギリシャのユダヤ人商人、サヴォイ・ホテル、ホテル・リッツ、社交界、ニース、モンテカルロのカジノ、ピカデリー街のトーマス・クック&サンズ旅行社、豪華国際寝台列車の食堂車など、時代を象徴する華やかな舞台装置の数々と流れるようなストーリー。濃厚なボルドー・ワインを味わうような時間を楽しめた。

・食事、仕事、娯楽。イギリス人、アメリカ人、フランス人のそれぞれに対する異なりようが面白い。アメリカ的「すばやい行動」(p172)は魅力的ではあるが、フランス的人生の愉しみも捨てがたい。
・「鏡は真実を映しますが、人はそれぞれ違った場所に立って鏡をのぞいています」(p405)いいなぁ。
・何気ない第三者のひと言が、事件解決のヒントになる(p440)。注意力をいつも磨いておくことの重要さが伝わってくる。

ラスト近くのキャサリン・グレーとミス・ヴァイナーの会話が魅力的だ。フランス社交界を経験したことで、かえって英国の田舎にヴィクトリア時代的良心と安寧とを見出せた33歳のグレー嬢が、「彼」と遅咲きでも幸せな人生を送れることを願ってやまない。

THE MYSTERY OF THE BLUE TRAIN
青列車の秘密
著者:Agatha Christie、青木久惠(訳)、早川書房・2004年7月発行
2017年4月9日読了

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